再び

 葵君とのやり取りでも空気が和んだところで先に進む。

 先といってもルディの手紙はもう隣の部屋だ。


「扉はどこに現れたんだ?」

「あ、現れたんじゃなくて、騎士試験が終わったらここはこうするの!」


 白い壁の一ヶ所をよく見ると、すこし色が違うところがある。

 そこを目がけ、思いきりキックを入れた。


「ゆ、ゆり……ストレスが溜まっているのか?」

「違うよ! 蹴破ることが正解なの!」


 キックした場所が崩れ、隣の部屋が現れた。

 そこを指差すと裕樹君が笑った。


「分かってるって」

「もう! からかったの?」

「あのー、また僕のこと忘れてません? 思い出してくださいよ~」

「お前は実況してろって言ってるだろ」

「分かったよ! うるさいって言ってもやめないからね!」

「さあ、早く手紙を破ろう」


 ここは客間のような部屋だ。

 テーブルを挟んでソファが置かれてある。

 そしてここも壁に飾られている絵の裏に手紙が隠されている。

 今回の絵は真っ赤なバラだ。


「飾られている絵は真っ赤なバラですね。情熱の赤ですか。僕は趣味じゃないなあ。僕は白いゆりとかが好きかな。おおっとゆりちゃんに、遠回しに告白しちゃったかな~」

「葵チャンネルうっざ! 誰も登録しないだろ、こんなチャンネル」

「あ、葵君、私は登録するよ!」

「ありがとう~! ゆりちゃんにはたっぷりファンサするからね!」

「手紙、あったぞ」


 葵君のことは無視することにしたのか、気にしない様子で裕樹君が手紙を見つけて来た。

 それを広げて読む。


『彼が……王子様が花束をくれたわ。真っ赤なバラよ。そして輝くダイヤモンドの指輪も。私達、結婚するの。幸せ。みんなが祝福してくれる。あなたがいたことなんて、誰もおぼえていないわ。そうよ。あなたなんて、最初からいなかったの!』


「……ひどい。いなかったなんて、存在を否定するなんて」

「それでバラの絵だったのか、本当に悪趣味だねえ」


 裕樹君が無言で手紙を破いた。

 姉妹なのにどうして仲良くできないのだろう。

 私には兄弟がいないからうらやましいのに……。


「行こうか。まだ先は長いのか?」


 部屋を出て、廊下を進みながら話をする。


「次も目的はルディの手紙ね。ナイトを倒しながら進んで、最後の部屋に人形姫がいるわ。そこからラストバトルにつながるの」

「そうか。じゃあ、終わりが見えてきたな」

「そうだね! 早く家に帰ってジュースを飲みたいよ」

「おれはカレーが食いたい」

「私はケーキ」

「ちょっと、お腹が空く話しないでよ!」


 我慢してたのにー! と葵君が怒る。


「ステーキ、カツ丼、スパゲッティ、オムライス、ハンバーグ」

「ゆりちゃん!」


 葵君に「わざとらしい笑み」と言われたことの復讐がしたかった私は、美味しそうな料理の名前を言いながら歩く。


「すし。天ぷら。お好み焼き。焼きそば。ラーメン」

「裕樹まで! こらー!」

「ふふっ!」

「ははっ!」


 葵君の叫び声を聞いて裕樹君と吹き出してしまった。

 でも、料理名を言っていたら、私までお腹空いてきちゃった。

 お腹が鳴っても、裕樹君には聞こえませんように!


 廊下を進んでいる間も、度々ナイトが出てきた。

 2体1組で現れるので、1体1の対決ができて助かる。

 でも、3階のナイトってもっと出現率は高かったと思うけれど……。


 そんなことが気になったけれど、比較的楽に次のルディの手紙がある場所に辿りつくことができた。

 位置的には三階の中間地点だ。

 綺麗に整頓された荷物が置かれてあり、ここにも手紙が裏にしまってある絵が飾られている。

 今回の絵は花嫁だ。


『あなたへの手紙もこれが最後よ。王子様との結婚式は素晴らしかったわ。王子様の瞳にうつった、真っ白なドレスに黄金のティアラを戴いた私をあなたにも見せてあげたかった』


「嘘ばかりよく言えたものだ。本当にくだらない」


 飾られている花嫁の絵が虚しく見える。

 裕樹君がビリビリとルディの手紙を破り捨てた、その時――。


『誰なの』


「!?」


 突然辺りの空気が冷たくなり、背筋がぞくりとした。

 後ろに…………何かいる。

 恐ろしい気配に動くことができない。

 ちらりと横を見ると、裕樹君も顔を強張らせて固まっていた。


『王子様……あなたといるのはだあれ?』


「この声は……人形姫?」

「……ああ。逃げるぞ!」

「う、うん!」


 私の手を引いて裕樹君が駆け出した。


『だれといっしょにいるの!? どうして私じゃないのおおおお!!!!』


 人形姫の叫び声が城に響く。


「きゃああああっ!!」

「大丈夫だから! しっかり走れ!」


 恐ろしい声に足が震える。

 上手く走れない私を裕樹君が励ましてくれるが、こわいものはこわいよー!

 この世界に来てすぐに人形姫に追いかけられ、逃げきった裕樹君の凄さが改めて分かった。


「どこに逃げればいいのか分かるか!?」

「分かんないよ! 人形姫は奥の部屋に出るはずだから! どうしてもう出てきちゃったの~!!!?」


 走りながらも、私は号泣しそうだ。


「人形になりたくないよー!」

「大丈夫だ。人形になんかさせない。おれが守る」

「裕樹君……!」


 裕樹君の言葉は、魔法の言葉みたいだ。

 不思議だけれど、なんとかできると思えてきた。

 繋いでいる手から勇気を貰っているみたい。


「私、がんばる!!!!」


 手を握り返すと、裕樹君が笑ってくれた。

 うん、一緒にクリアしようね!


「僕も守るよ~! 裕樹だけいい格好するな!」

「お前はゆりみたいに情報も持ってないし、見てるだけじゃないか!」

「うっさい! 応援してるっつーの!」

「ふふっ! 葵君、ありがとう! 元気でたー!」

「ゆりちゃん! そうでしょうよ! この僕が応援しているんだからね!」


『ああああああああああっ!!!!』


「「「!!!?」」」


 人形姫の絶叫で城が揺れ、あちらこちらでガラスが割れた。

 気を失ってしまいそうな衝撃で、私達も思わず立ち止まり、ふらりと倒れた。


『あなたが……あなたが私から王子様を奪ったのねええええ!!!! ルディイイイイ!!!!』


 ギロりと赤い目を光らせた人形姫が、真っ直ぐ私に向かってくる。

 私をルディだと思っているのか。

 人違いです!


『憎い! 憎い! 憎い!』


「わ……あっ…………」

「ゆり、立て! 行くぞ!」

「む、むり……」


 私は腰が抜けてしまい、動けない。

 すると、人形姫が腕を振り回し、私達へと突進してきた。

 どうしよう、動けないし逃げても間に合わない。

 私はとっさに自分の頭を抱えて防御するように構えた。

 でも、予想していた衝撃は来ない。


「裕樹君!」


 顔を上げると裕樹君が人形姫の攻撃を必死に塞いでいた。


「ぐっ……、走れっ! 今のうちに逃げろ!」


 これ以上裕樹君の足手まといになっちゃだめだ!

 震える足をバシンと叩く。動け!

 ふらつきながらも立ち上がり、走り出した。

 人形姫の攻撃を押し戻した裕樹君も追ってきた。


「ごめんね、裕樹君。大丈夫!?」


 人形姫の攻撃はかなりの衝撃だったはずだ。


「大丈夫だ。治療キットを使ってしまったけどな。どこへ行けばいいか分かるか!?」

「ううん、まだラスボスの出番じゃないはずだから……ゲームと違うから分からないの!」


 全力で走りながら話すのは苦しい。

 でも、止まって話していると人形姫が追いついてくるかもしれない。

「はっ、はっ」と大きく息をしながら走る。

 マラソン大会でもこんなに一生懸命走ったことないよー!


「あいつがラスボスだってことは変わりはないよな。だったら、今倒せばクリアになるかもしれない!」

「でも! ルディの手紙があと一つ残っているよ!」

「あと一つ!? さっきのルディの手紙の中に『手紙は最後』って書いていなかったか!?」

「でも、あるの! ほら、地図にあるでしょう? それは今までの手紙を全て破かないと出て来ない、1番重要な手紙なの!」

「……分かった。じゃあ今からルディの手紙を破りに行く!」

「うん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る