ディナールーム②
本気でそう思ったが……。
『セーフ!』
衝立に裕樹君が入ると同時に、葵君が両手を横に広げた。
なんとか裕樹君は間に合ったようだ。
ああ、よかった……よかったよー!!!!
「裕樹君! 怪我、大丈夫!? 治療キット使っておいた方がいいんじゃないかな!?」
手の怪我で死んでしまうことはないと思うけれど、まだハイハイはしなければ行けないし、痛そうだ。
使うべきか迷っているのか、裕樹君が何もせずにいると、葵君が治療キットを取り出して裕樹君の傷を治した。
「葵君ナイス~!」
私に向けて親指を立て、またサムズアップする葵君に拍手を送った。
「裕樹君が心配だよ。こういう時は治療キットをケチっちゃだめ!」
葵君がうんうんと頷く。
裕樹君は治った手を見て驚きながらも、少し照れくさそうにしていた。
「じゃあ、次のステップに進もうか。ここまで移動すると、五人のコックが全員厨房に入るようになるから、それを待つの。全員入ったら、なんでもいいからテーブルにある料理を掴んで、裕樹君達が入ってきた入口の方に投げて。すると長いテーブルクロスで見えなかったけれど、テーブルの下に潜んでいたドッグが料理に飛びつくわ。ドッグが出たら、入れ違いで二人がテーブルの下に隠れる。ここまではOK?」
二人がこくんと頷く。
攻略方法を知らないままやって来ると、すぐにテーブルの下に隠れてしまう人もいる。
そうなるとドッグにみつかり、コックにもみつかることになるのだ。
クラウンさんはここでも色々試していて、なんとかドッグに騒がれずにテーブル下に隠れることが出来ないかチャレンジしたが無理だった。
テーブル下でドッグを始末できないか、眠らせることはできないか、色々試したけど駄目で、クラウンさんの「イッヌ~~~~!!!!」という叫びを何回も聞いたなあ。ふふっ!
……なんてのんきに笑ってはいられない。
コック達の様子を見てみると、裕樹君の怪我を治している間に4体が厨房に戻ったようで、今この部屋には1体しかいなかった。
「あのコックで最後よ。もう厨房に向かっているから、今のうちに静かにテーブルに近づいておこう。厨房に入って姿が見えなくなったら伝えるから、料理を掴んで入り口の方に投げてね。投げた料理が少ないとドッグがすぐに離れてしまうから、二人とも投げてね」
私の言葉を聞いて、二人がハイハイでテーブルに近づく。
「近づいてもテーブルクロスには当たらないでね。ドッグに気づかれちゃうかもしれないから」
ハイハイしながらもうなずいてくれた二人を確認しつつ、コックを見る。
「もうすぐ厨房に入るわ。……よし、入った! 料理を投げて!」
合図と同時に二人が立ち上がり、料理を投げようとしたが……。
「「…………!!」」
二人が料理を見ておどろき、固まっている。
長いテーブルの上にずらりと並べられたお皿の上に乗っている料理、それはアンダーテイカー達のパーツだ。
アンダーテイカーはみんな、マネキンのような体や、皮や布のようなものでできている。
目は花や宝石などだ。
バラバラになったそれらが、料理としてお皿の上に積まれているのだ。
「あ、ごめん! それが料理なの。先に言っておけばよかったね。とにかく、今はそれを入り口の方に投げて!」
裕樹君がお皿の上にあった、メイドの腕を掴み、思いきり投げた。
「…………」
しゃべると気づかれてしまうから無言だけど、葵君の言いたいことは表情で分かる。
「気持ち悪っ!!」と心の中で叫んでいるに違いない。
もしくは「共食いかよっ!!」かな。
料理にさわることをためらっていた葵君だったが、いくつかの宝石を掴んで投げた。
宝石が入り口の方に散らばる。
すると、予想通りにアンダーテイカーのドッグがテーブルの下から飛び出した。
唸り声をあげながら料理へと向かって行く。よしっ!
「急いでテーブルの下に隠れて!」
テーブルクロスをめくり、サッと二人が隠れる。
それと同時に厨房からコックが出てきた。
問題なく二人は見つからなかったようで、コック達はテーブルを気にせずドッグへと向かって行く。
葵君が投げた宝石が思ったよりも手前の方で散らばっていたため、実況動画で見たときよりもドッグやコックの位置が厨房にに近くなってしまったのが気になるが、もうどうすることもできないし、このまま進めるしかない。
「コック達がドッグのところに集まったら、その隙に厨房に入るよ。今のうちに静かにテーブルの下を移動して、厨房の方に行っておいて」
私の視界にはディナールームが移っているが、テーブルの下は見えない。
二人がちゃんと移動しているかは分からないが、多分大丈夫だろう。
「飛び出すタイミングを言うから、いつでも厨房に向かって飛び出せるようにしておいてね」
返事はないし、姿が見えないから不安になるけれど、二人を信じて実況をする。
「ドッグが入り口前に転がった腕を食べているよ。三人のコックが今、ドッグを取り囲んでいる。あと二人……もうすぐ来る。もう飛び出す構えは出来ているかな?」
コックが体を揺らしながらドッグの方に歩いて行く。
もう少しで全員ドッグの元に集まる……というところで気がついた。
「あ!」
私の記憶では何も持っていないはずのコックが、手に包丁を持っていたのだ。
実況でみたこの場所のコックは料理を運ぶだけで、武器は持っていなかった。
ゲームで見つかった場合にダメージを負うが、それはディナールームから放り出されたときに負うものだった。
包丁で刺されたら……怪我だけですむだろうか。
このまま成功すれば包丁で刺されることはないけれど、失敗した場合は刺される可能性が出てきた。
一気に怖くなり、悲鳴をあげそうになったけれど、口を手で押さえて耐えた。
叫んだりしたら二人がびっくりしちゃう!
それに包丁のことを伝えたらびっくりして動けなくなるかもしれない。
私がちゃんと誘導して成功すれば問題ないのだから黙っておこう。
そう決めて再びタイミングを伝える態勢になった。
「用意はいい? 5、4、3、2、1……走って!」
私の掛け声の直後、バッとテーブルクロスがめくれ、二人が飛び出した。
二人は一直線に厨房へ繋がる扉へと走る。
その音でアンダーテイカー達も二人の存在に気がついた。
いち早く動いたのはドッグで、猛スピードで二人の元へと掛けていく。
ああっ、まずい……!
実況動画よりアンダーテイカー達が出口に近いところで集まってしまったため、やっぱり早く追いつかれそうだ。
「二人とも! 急いで!」
「出口に着いたよ! あれ!? 扉が開かない!」
「葵! 押すんじゃなくて引く扉だ!」
「え!? ほんとだ! なんで引きなんだよ! …………っ!? 裕樹! 危ない!!」
「裕樹君!!!!」
なんとか扉は開いたけれど、ドッグに追いつかれてしまった。
ドッグが大きくジャンプし、裕樹君に飛びかかったが――。
「葵!!!?」
葵君が裕樹君の腕を掴み、厨房側へ引っ張った。
その結果、裕樹君はディナールームを出て倒れたが、代わりにドッグの前に出ることになった葵君が襲われた。
ドッグの牙が葵君の腕に食い込む。
そして後ろからはコック達が包丁を振り上げ、迫ってくる。
倒れていた裕樹君が起き上がり、急いで葵君に襲いかかるドッグに斬りかかる。
ドッグは葵君から離れたが、倒れてしまった葵君がいるのは、まだディナールームだ。
「とりあえず厨房に入って! コックに捕まるとまた部屋の前に戻されちゃう!」
「そうだった!」
裕樹君が怪我の痛みで動けない葵君を厨房の方へ引きずりる。
「よし、厨房に入ったぞ!」
「鍵っ! 鍵を閉めて! 早く!」
裕樹君が急いでディナールームの鍵を閉めようと扉を掴む。
その瞬間、コックが包丁を投げてきた。
裕樹君は瞬時に避けたけれど、扉を閉めそこねてしまった。
「くそっ!」
再び扉を閉めようとしたが、ドッグがこちらに入って来てしまった。
「ドッグを倒さなきゃいけないけど、先に閉めて! 閉めたらコックは入って来られない!」
厨房に入ったから、ディナールームの入り口に戻されることはないけれど、コックもここに入ってしまうと倒さなければいけなくなる。
「分かってる! でも! ドッグが邪魔で扉を閉められない!」
中に入ったドッグが裕樹君に飛びかかっていた。
裕樹君がシルバーシザーズで応戦する。
その後ろには、こちらに駆け寄ってくるコック達が見える。
ああ、どうしよう!
私も扉を閉めるくらい出来るのに!
そうだ、葵君は怪我で動けないから、私がポジションチェンジで代わって……!
そう思いついた瞬間、バタンと扉が閉まる音がした。
そしてガチャという鍵が閉まる音も続いた。
「葵君!」
扉を見ると、葵君が鍵をしめていた。
なんとか動いて鍵を閉めてくれたようだ。
でも、蒼白い顔をしていて、無理をしているのが分かる。
「葵! 大丈夫か!」
ドッグを倒した裕樹君が葵君に駆け寄り、すぐに治療キットを使った。
みるみる怪我が治り、顔色が良くなる。
でも、表情は強張ったままだ。
「サンキュ。でも、すごく痛かったな……くそっ」
「葵、悪い。おれをかばって……」
「僕が扉でもたもたしてたからね。別に裕樹が悪いんじゃないし。っていうか、ドッグなんて簡単に倒せていたのに、まともに攻撃を食らってなさけない」
「おれ達は今までゆりのサポートで先手を打ったり、心構えができていたからな。ふいうちやアクシデントに弱いのが、おれ達の弱点だろうな」
「そうだな……」
二人の空気がとても重たくなっている。
あんな怪我をしたんだから当たり前だよね。
「私ががんばるから!」
「ゆり?」
「ふいうちやアクシデントが起こらないよう、もっと気をつける!」
「気持ちは嬉しいけど、ゆりちゃんが気をつけたところで、僕達が対応出来なかったら意味がないから」
2人を励ますように気合を入れたのだが、葵君の声は冷ややかだった。
私に怒っている、というわけではないと思う。
たぶん、今はこんなところに連れて来られて、戦わなければいけない状況になっていることにうんざりしているんだと思う。
裕樹君もきっとそうだ。
どうしてこんな目にあわなければいけないんだ! って怒りと疲れが、一気に押し寄せているんだ、きっと。
ここで私まで沈んでしまうと、立ち上がれなくなってしまう。
「対応しなきゃいけないことが起こらないようにがんばる!」
「そんなの無理だって」
「……うん。でも、できるだけがんばるね」
沈んだままの葵君に否定されてしまったけれど、私は少しでも2人の力になれるよう、自分にできることをがんばるよ。
決意を静かに告げた私に葵君がなにか言おうとしたが――。
「なに!? 急に明るくなった!」
「照明をつけたみたいだな」
突然明かりがつき、厨房の様子がはっきりと浮かびあがった。
そして空中には黒い靄が集まりだし、それは次第にコック帽を被った巨大な黒い豚に姿を変えた。
「ボスのシェフだよ! 気をつけて!」
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