ディナールーム①
「わあ、大きな部屋だなー」
地図を見ながら葵君がおどろきの声をあげる。
たしかに今までよくあった部屋の3つ分くらいはあるから、かなり大きな部屋だ。
「ここはディナールームなの。アンダーテイカーの『コック』に見つからないようにして、奥のボスがいる厨房に行く必要があるわ」
「見つからないようにして行くのは、トロフィーをゲットするためなのか? 倒しちゃまずいのか?」
「ううん。厨房のボスをノーダメージで倒すとゲット出来るけど、ここにはトロフィーはないわ。ここのコックは倒そうとしても倒せなくて、見つかると追い出されてしまうの。先に進むには見つからないようにして抜けるしかないわ。追い出される度に大ダメージを受けるから気を付けて」
「そういうことか。分かった。気をつけていこう」
「隠れていくのかあ。僕はこういうの苦手だなあ」
両手で頭をガリガリとかく葵君に私も頷く。
私もこういうのは苦手だ。
見ていると緊張でドキドキしちゃうから。
クラウンさんの実況動画を見ている時もちゃんと見られなくて、手で顔をかくして指のすきまからのぞいて見た。
でも今は目を背けてはいられない。
私がしっかりとサポートしなきゃ!
「二人とも、地図を見て。この部屋は横に長い長方形で、部屋の中心には長いテーブルがドンと置いてあるわ。裕樹達がいる入口は左端、ボスがいる厨房の扉は右端よ。コックは厨房から現れて、テーブルの周りを時計周りに回るの。コックは前しか見ないから後ろにいれば気づかれないの」
「コックの後をつけて、みつからないようにテーブルのまわりを時計回りに進んで、厨房を目指すってこと?」
「そう。でも、コックは5人いるから、タイミングが大事。コックとコックの間に入るけど、後ろのコックの前に出ちゃうとみつかってしまうから。それにこの部屋は他の場所より明るくて、立って動くと見えちゃうわ。だからハイハイして動かないといけないの」
「うえー……。ハイハイでタイミングよく動かないといけないなんて焦りそうだし、大変そうでいやだなあ」
「でも、やるしかないだろう」
「そうだけどさあ」
葵君が挑戦する前からうんざりしている。
体も疲れているだろうし、精神的に疲れそうなこの部屋に行くのは嫌だよね。
「葵君、私と代わる?」
「え? 代わらなくてもいいよ! ごめん、嫌だなーとは思うけど、ゆりちゃんに押しつけるつもりは全然ないから!」
「でも……」
「お前がぐずぐずするから、ゆりが気にしちゃっただろ。ほら、もう行くぞ」
「へーい」
「あ! 部屋に入ってすぐに衝立があるから、まずはそこに隠れて」
早々に扉を開けた裕樹君に慌てて伝える。
音を立てないようにゆっくりと部屋の中に入った二人が頷き、私の指示した通り衝立に身を潜ませた。
二人は見つからないよう順番にこっそりと顔を出し、部屋の中を確認している。
「タイミングを見てコックの間に入って進んだら、テーブルの上の方……ええっと、左側の入り口の方を時計の9時、右側の厨房を3時だとしたら、12時の方向にまた衝立があるから、一旦そこに隠れて」
今から9時から12時の方向に移動しなければならない。
指示を出すと、二人がこくりと頷いてくれた。
私があらかじめ伝えていたとおり、5人のコックが厨房から出入りしながらテーブルの周りをぐるりと回る。
見つからないタイミングで動かなければいけないが、コック達はときおり立ち止まったりするから、中々タイミングを計るのがむずかしい。
「私が移動するタイミングを言った方がいい?」
私の方が実況動画で見ているからタイミングを掴みやすいだろうし、隠れて部屋の様子を見ている二人よりも、コックの動きをはっきりと見渡すことが出来る。
でも、自分達でタイミングを計った方が動きやすいかもしれない。
余計なお世話だったかなと思っていたら、裕樹君が頷き、葵君も手を合わせて「お願い」のポーズをした。
……うん、任せて!
「じゃあ、すぐに動けるようにハイハイの体勢で待っていてね。それと念のため、一人ずつ行った方がいいかも」
私の言葉を聞いて、静かに二人がじゃんけんをした。
結果は裕樹君がグー、葵君がパーだった。
どうやら勝った葵君が先に行くようで、衝立から飛び出しやすい位置でハイハイの体勢になった。
手でOKサインをしてくれたので、スタンバイOKということだろう。
あとは私が飛び出すタイミングを伝えるだけだ。
でも……。
私がタイミングを間違えると、葵君が怪我をすることになる。
それがとてもこわい。
でも、現場にいる葵君の方がこわいんだ! と自分を奮い立たせ、絶対に怪我をさせない! と気合を入れ直した。
タイミングは2体のコックが厨房に入った状態で、部屋の中を回るコックの一体が葵君の前を通過した直後がいい。
クラウンさんの検証では、そのタイミングが1番ハイハイでの移動時間を長く取ることができた。
出るタイミングは早く行きすぎるとコックの視界に入ってしまい、見つかる。
遅すぎると今度は後ろからくるコックに見つかる。
慎重にやらないと……。
一度「ここだ!」と思ったタイミングをわざと見逃して確認。
うん、大丈夫。
もう一度同じ状況になるタイミングを待った。
……よし。
「葵君。もうすぐだよ。3、2、1……今よ!」
葵君が衝立からハイハイで飛び出し、コックの後ろについた。
「うん。上手! 次の衝立を真っ直ぐ目指して動いてね。コックの1メートル後ろくらいまで追いつく感じで。物音を立てないで……丁寧に急いで……。そう、いい感じだよ」
見守るのは凄くドキドキする。
焦ってしまいそうになるけれど、私が焦ると葵君は余計に焦ってしまう。
慎重に誘導しないと……。
「葵君、少し前のコックに近づき過ぎかも。まだ後ろから来ていないから、もう少しゆっくり……。うん、そのコックとはその距離で動いて……そのまま衝立に入って!」
次の衝立に到着した葵君が、なにごともなく姿を隠すことができた。
移動成功だ。
よかった!
胸に手を置いて、ドキドキした! と、ジェスチャーで伝えてくる葵君。
「私もドキドキした! でも、完璧だったね!」
誇らしげに親指を立て、サムズアップしてくる葵君に拍手を送った。
すごかったよ、がんばったね!
「次は裕樹君!」
裕樹君の誘導も同じように進める。
葵君が成功したから、私の緊張は少し解れたけれど……。
ずっとクールだった裕樹君が、今までで1番緊張している様子だ。
大人みたいにしっかりしている裕樹君だけれど、私と同じ小学生だもの。
緊張するし、怖いよね。
「裕樹君、大丈夫だよ。葵君の時みたいに完璧なタイミングで誘導するから!」
助けられてばかり来たけれど、今回は私がはげますよ!
裕樹君がさらに緊張しないように、なるべく元気で楽しい声を出した。
すると裕樹君が微笑んでくれた。
よかった……少し緊張がほぐれたかな?
準備はいい? と聞いて見ると、はっきりと頷いてくれたので、もう心配しなくても大丈夫だと思う。
がんばろうね!
「もうすぐだよ。3、2、1、今よ!」
裕樹君は綺麗に飛び出し、すぐに葵君がいる衝立に到着……するように見えたのだが。
「…………っ!」
まだ衝立に隠れきっていないのに、裕樹君の動きが止まった。
様子がおかしい……あ、手を怪我している!
床に落ちていた何かで手を切ってしまったようで、血が出ている。
痛そうだし、手当をしてあげたいけれど……このままではコックに見つかってしまう!
「裕樹君! 今は急いで! コックが来ちゃう!」
「…………っ!」
痛そうな表情で怪我を見ていた裕樹君だったが、怪我をした右手は床につかないように庇いながら進んだ。
ああ、もうだめかも……!
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