チェレンジ

 目的の部屋は現在地からすぐ近くだ。

 廊下も部屋も相変わらず暗いけれど、目が慣れた二人はつまずくことなく歩いている。

 普通に歩いているだけなのに、映画にワンシーンに見えるのは芸能人パワーかな。


「芸能人パワーってどんなパワーだよ……」

「あれ、声に出てた?」

「ばっちり出ていたよ~。芸能人パワー出ちゃっててごめんね」

「はわっー!?」


 葵君のウィンクに、わー! っと顔が熱くなった。

 私がどこから見ているか分からないから、目が合ったわけでもないのにドキッとしちゃったよ!

 凄い、これぞ芸能人パワーだ!


「ゆりで遊ぶなよ」

「遊んでないし。ファンサは大事でしょ?」


 ファンサ?

 あ、ファンサービスか!


「バーンして! ってやつだね!」


 クラスメイトのリマちゃんが、「バーンして!」と書いているうちわをアイドルのコンサートに持っていくと言っていた。

 バーン! というのは、手でピストルを作って撃つあれのことで、ファンの心を射止めるという意味があるらしい。


「そうそう! バーン!」

「きゃー!!」

「……お前らな。遊んでいる場合じゃないんだぞ? 分かっているのか?」

「分かってるよー。僕、ミュージカル経験はあるけれどコンサートはないんだよね。あ、裕樹、ユニット組んでアイドル活動もやってみない?」

「嫌」

「えー! 私は見たいな!」

「おしゃべりは終わりだ。ほら、部屋の前に着いたぞ」


 いつまでもおしゃべりをしたいけれどそうはいかない。

 真剣な顔の二人に続き、私も気を引き締めた。

 扉を開けて入ると、一定時間出られなくなってしまう。

 時間が経つと出ることは出来るが、トロフィーを目指すなら留まり、次々と湧くメイドを倒し続ける必要がある。


「二人とも、無理しないでね。怪我しないでね」


 声をかけると笑ってくれたけれど、やっぱり二人も緊張しているようだ。

 葵君がメイドから奪ったカンテラでモップに火をつけ、戦闘の準備をする。

「これでよし」と思いきや、裕樹君がなにかをはじめた。


「黒くなったマントをイスの足に巻き付けて固定しているけど、何をして…………あ! もしかしてイスにも火をつけるのかな!? 炎のイス作戦! 天才だー!」

「これくらいで天才とか言うなよ……。葵、行くぞ」

「了解! 天才裕樹!」


 裕樹君が微妙な顔をしながら扉を開いた。

 変なことを言っちゃったかな?

 でも、二人とも強張っていた顔が元に戻ったし、緊張が少しほぐれてよかったかも!


「廊下より暗く感じるな」


 裕樹君と葵君の持つ炎が真っ暗な部屋の中を照らす。

 部屋の広さは教室くらいで、クローゼットやベッド、鏡台など、女の子の部屋だと思うような家具が置かれている。

 二人が部屋の真ん中の方に行くと、開いたままだった扉がひとりでしまり、ガチャンと鍵がかかる音がした。


「来るよ! クローゼットの中とか、ベッドの下からとか、家具から現れるから気をつけてね!」


 私が言い終わるより早く、クローゼットがバッと開き、中からアンダーテイカーのメイドが現れた。


「クローゼットから来た! あ、ベッドの下からも来てる! 鏡台の鏡の中からも出てきたよ! いっぱい湧いてきた!」

「そうそう、その調子で出てきたところとか教えてねっ! うおりゃ!」


 葵君がモップをバットのように振り回し、メイドを倒した。

 炎の効果でかなり戦闘が楽になっているようだ。

 裕樹君の方も、炎のイスで軽々とメイドを倒していた。


「思っていたよりも楽だな」

「だね!」

「二人ともかっこいいよ! 映画を見ているみたい! 見ているのが私ひとりだけなんて贅沢だなあ。あ、ベッド下から2体! ……今の登場の仕方、嫌われものの黒光りするあの虫みたいだったな。そういうえば家に1匹いたら100匹はいるっていうし? そうだ、クラウンさんぽく命名して、この場所に湧くメイドをGメイドと呼ぼうかな? メイド服も肌も黒いし」

「くっ……ゆり! おまえな!」

「あはははは! ちょっと、ゆりちゃん! 今は笑わせないで~!」

「え!? ごめん! 出てきた場所だけ言うね!?」

「あ、全部言わなくて大丈夫だよ! これくらいの広さだと僕達で見渡せるから、見落としそうなやつが出てきたら教えてよ!」

「ああ。それとできれば、倒した数をカウントしていてくれ! 10体倒すごとに知らせて欲しい!」

「わ、分かった! 今丁度10体倒したよ!」

「サンキュ!」


 また邪魔ちゃったからと思って焦ったよ。

 実況って難しいなー!

 私のはもうただの独り言になっちゃってるよ。

 それにしても二人が戦う姿はかっこいい。


「これを配信したらすごいことになりそうだな。私も人気実況者になっちゃうかも~」


 はは……


「うん!?」


 今、誰かの笑い声が聞こえた気がした。

 周囲を見渡してみるけれど誰もいない。

 ど、どうしよう……こわい!

 でも戦っている二人の邪魔をするわけにはいかないから、今は話しかけてはいけない。

 多分、空耳だよね?

 なんとなくクラウンさんに似ている声だった気がするけれど……。


「……うん、気のせい!」


 どうすることも出来ないし、気のせいだということにした。

 二人の方に集中すると、どんどん数を減らしていく姿が見えた。

 連携も上手で、ぶつからないようにしながらも見落としなく倒してく。

 見ていると気持ちのいい光景だ。

 見惚れてカウントするのを忘れそうになって焦ってけれど、なんとか数字を伝えながら見守った。


「50! あ、扉が開いた!」


 カチャリという鍵の音が聞こえたから間違いない。

 もう部屋の外に出ることは出来るが、トロフィーを狙うならまだ半分だ。


「二人とも大丈夫!? もう部屋を出る!?」

「おれは大丈夫だ」

「僕も!」

「了解! 怪我しそうだったらすぐに部屋を出てね? あ、葵君! ベッドの下から這い出たGが足を掴もうとしてる!」

「うええええ!?」


 私の言葉を聞いて飛び退いた葵君を狙い、Gが更に手を伸ばしたが、すかさずフォローに入った裕樹君が倒した。


「サンキュー裕樹! ってか、ゆりちゃん! Gっていうな! 虫の方かと思ったじゃん!」

「ご、ごめん! でも虫は足掴まないよ!?」

「ホラーゲームの世界なんだからあるかもしれないだろー!」

「そ、そうだね。ほんとにごめんね!」


 また現れたGメイドを倒すため、二人は動き出したが、葵君が怒っているのが分かる。

 ごめんってば!

 申し訳ないけれど……でも、ちょっと怒りすぎな気もする。

 もしかして?


「……葵君って虫が苦手?」

「!!!! そ、そそ、そんなことはないよ! 全然ヨユー!」

「へー、そうだったんだ」


 裕樹君がGメイドを倒しながらニヤニヤしている。


「なんだよ! おまえはぼっちじゃんか!」

「なっ……ぼっちじゃない!」

「あ、ごめん! 言い忘れてた! もう80越えたよ~! ……多分」


 最後のは小声で呟く。

 空耳があったときに少し目をそらしてしまったから、2、3体は数え間違っているかも……。


「ゆりー! ちゃんとしろよ!」

「ゆりちゃん! ちゃんとしてよね!」

「てへっ!」


 けんかしそうだったのに、どうして私を叱るときは揃うの!?

 悪いのは私だけれど、なんだか不満です!

 そんなことを思っている間にも二人は倒し続け、100まであと10をきった。


「5、4、3……あ、終わった!」


 やっぱり少し数え間違っていたようだ。

 あと3つだと言ったところで100体討伐達成を告げるピロンという音が鳴った。

 それと同時にメッセージが表示される。


「本当に終わったようだな」

「フィニッシュ~!」


 部屋にいる限りメイドが湧き続けるため、二人は慌てて部屋を出た。

 廊下に飛び出てすぐに扉を閉めると、追いかけてこようとしていたメイド達も追ってはこなっかった。

 ふう、と安堵の息を吐いた二人が廊下に座り込む。


『100体討伐! トロフィーゲット!』

『ノーダメージクリア! トロフィーゲット!』

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