実況

「あ、そうだ。思い出したことがあるんだけど……」


 戦うことがつらいと改めて感じているときに言うことではないかもしれないけれど、情報は少しでも多く伝えたい。


「なんだ?」

「1階をクリアした時に、私はガチャが出来たでしょ? その時にゲームみたいな画面でトロフィーゲットって出てきていたんだけど、ゲームでも特定の方法で敵やボスを倒したりするとトロフィーが貰えるの」

「じゃあ、そのトロフィーをゲットすると、ゆりちゃんはガチャが出来るってこと?」

「そうなのかも、と思って……」


 ガチャをした結果、フレンドプレイヤーとして葵君が呼ばれた。

 葵君にとってはこんなところに呼ばれてしまうなんて不運だけれど、裕樹君からすると頼もしい助けとなった。

 ガチャがクリアするための大きな手助けになるのなら、トロフィーの獲得を目指した方がいいかもしれない。


「ガチャの内容がなにか分かればいいんだけどな」


 裕樹君が腕を組みながら考えている。

 確かに、良いことばかりが続くとは限らないか。

 危険がある中、実際に行動するのは裕樹君達だから、私から「トロフィーを狙って!」とは言えない。

 二人の判断に任せようと結論を待っていると、葵君の明るい声が聞こえた。


「またフレンド召喚になっても、もう裕樹には友達がいないから意味がないな~」

「葵!」


 重い空気が流れていたけれど、葵君の一言で吹っ飛んだ。

 裕樹君は葵君を睨んでいるけど、葵君は笑顔だ。


「冗談だって! まあ、とにかく! トロフィーって頑張った証だろう? だったら貰えるのはご褒美じゃないかな? ご褒美というと良いものだろ! 僕はトロフィーゲットを狙っていった方がいいと思うよ」

「……うん、そうだな」


 慎重な裕樹君と勢いのある葵君。

 葵君が暴走するときは裕樹君が止めて、裕樹君が悩みすぎるときは葵君が背中を押す。

 凄く良いコンビだなあ。

 私も仲間に入れて欲しい……!


「ゆり、次に狙えそうなトロフィーはどんなのか覚えてる?」

「ええっと、ドッグをノーダメージで倒すのは無理だったから……」

「……ゴメンネ」

「あ! 葵君、ごめん! 嫌味とかじゃないよ!? つい口から出ちゃって……! 次は今のメイドが延々と湧く部屋があるんだけれど、そこで100体倒すとゲット出来るよ」

「100!? 無理じゃん! 無理無理! 絶対途中でバテるって!」


 確かに100体倒すのは大変だ。

 でも、私にはクラウンさんの動画で見た知識がある!


「出来なくもない、と思う」

「どういうことだ?」

「クラウンさんの裏技、炎のモップ作戦!」

「炎のモップ? ダサいんだけど」


 こら、葵君!

 ダサいとか言わない!

 これはクラウンさんが開発した素晴らしい作戦なんだから!


「廊下の先にね、油かガソリンなのか分からないけれど、黒い水たまりみたいなのがあるの。モップでそれを擦って掃除したら真っ黒なモップになるわ。そして、そこに火をつけるとモップの先が燃えて、炎のモップが完成! メイドは火に弱いから、楽に倒すことができるよ!」

「振り回したりしたら、火は消えないの?」

「ゲームではしばらくすると消えたけど、メイドを倒す間は大丈夫だったわ。最悪の場合、炎が消えても普通のモップとして武器にはなるし」


 そう伝えると裕樹君は頷いた。


「やってみるか」

「だね!」

「火はランタンを持ってうろついているメイドから奪って」

「OK」


 説明を終えると、裕樹君達はすぐに動き始めた。

 私の指示通りに廊下を進み、黒い水たまりを発見。


「はいはい、ごーしごしー」


 葵君が床をこすり、黒い水をモップに染みこませていく。


「モップで吸っても黒いのが残るな。だったら、これも使おう」

「え? 裕樹君、どうしたの?」


 裕樹が王子様衣装のマントを取り、黒い水たまりを拭き始めた。

 モップでは掃除しきれず残ってしまったから、全部吸い取るまで綺麗に掃除したのかな?

 マントがかっこよかったのに、少し残念だ。


「じゃあ、ランタンを奪ってからメイドが湧く部屋に行くか」


 部屋の位置を伝え、私は二人の様子を見守ることにした。


「ねえ、ゆりちゃん」


 歩きながら葵君が声を掛けてきた。

 もうすぐメイドが現れるから気をつけないと危ないよ?


「どうしたの?」

「ゆりちゃんって実況が好きなんでしょ?」

「うん! クラウンさんの実況が大好きで、最近では自分でもやってみたくなってるの」

「だったら僕達のことも実況してみてよ」

「え!?」


 二人のことを実況!?


「そんな、やったことがないし無理だよ! それに二人が戦っているのに、実況するなんて邪魔だろうし、不謹慎じゃない!?」

「誰でもみんな初心者だよ! 戦っていて怖いからこそ、実況で和ませてくれたらいいなって思って。邪魔だったら邪魔って言うし。なあ、裕樹はどう思う?」

「いいんじゃないか? 確かに怖さは紛れそうだ」

「ええー……」


 こんな状況で実況!?

 しかも芸能人の二人を実況するなんて、私には無理だよ~!

 でも、少しでも二人の力にはなりたいし……。


「わ、分かった。やってみるね? でも、邪魔だったらすぐに言ってね? 失敗しても、変なこと言っちゃっても笑わないでね!?」

「分かってるって!」


 本当かな?

 二人は笑顔だけれど、私のことをからかっていませんか!?


「ほらほら実況さん、もうすぐ敵が現れるんじゃないですか~?」

「あ、う、うん。そうだね! えーっと……ごほん! もうすぐランタンを持ったメイドが登場します! 二人はどんな風に倒すのでしょうか!」

「ぷぷっ」

「はは」

「ほら、笑う~!!!!」


 頑張って言ってみたのに、二人に笑われて恥ずかしい!


「ごめんごめん、一生懸命なのがいいなと思ったんだよ」

「そうそう! かわいいよ!」

「絶対嘘だー!」


 芸能人のキラキラスマイルに誤魔化されたりしないんだから!


「本当だって。まあ、そんなに緊張しなくていいんじゃないか? ゲームの世界に入っちゃった奴を実況するなんて、誰もやったことがないことだし。ゲームの実況でも色んな人がいるだろう? 無理に上手に喋ろうとしないで、おれ達に情報を伝えることと、ゆりがその時思ったことを呟いていけばいいんじゃないかなあ」

「さすが裕樹! 良いこと言う! その通りだよ、ゆりちゃん!」

「そ、そっか」


 それなら出来るかも?


「あ、来たよ!」


 賑やかな時間は一旦終了だ。

 暗い廊下の先からゆらゆらと光が揺れている。

 メイドが持っているカンテラの光りだ。

 あのカンテラを奪いたい。


 二人は顔を見合わせ、そのままのペースで進みながら戦えるように構えた。

 私は……さっき裕樹君に言って貰った通りに、思ったことを話していってみよう。


「葵君は黒モップを持っているから、裕樹君が戦うのかな。裕樹君、私と同い年なのにしっかりしているし、勇敢に戦ってえらいなあ。『あの子は将来有望よ!』と言っていたお母さんの目は正しかったか……」

「ぶっ! ははは!」

「……ゆり」


 思いのままに喋っていると、葵君は吹き出し、裕樹君は微妙な表情になった。


「だめだった!? やぱり黙っていた方がいい!?」

「ううん! いいよ! 最高! 全く怖くなくなったや! 緊張感がなくなるのはちょっとまずいかもしれないけれど、敵がいるところはゆりちゃんが教えてくれるし、全然問題ない! ぜひ続けてくれよ!」

「う、うん……」


 裕樹君はなにも言わないけれど、本当にいいのかな?

 見守っていると、裕樹君は駆け出し、イスでメイドをがつんとやっつけ、簡単にカンテラを手に入れていた。


「仕事が早い! 出世頭!」


 少しお母さんの真似しながら拍手をすると、裕樹君が頭をかいた。


「……まあ、これくらいゆるい方が精神的にはいいか」

「裕樹君?」

「なんでもない。100体倒すか」

「うん! 裕樹君&葵君の100体チャレンジ、レッツゴー!」

「ゴー!」

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