ストーリー

 そう思うから、余計に葵君を巻き込んでしまったことが申し訳ない。


「葵君、ほんとにごめんね。私がガチャで引いたから……」

「うん? ゆりちゃんのせいじゃないじゃん。もう謝らないでよ。僕がここに来た原因は分かったけど、裕樹とゆりちゃんはどうしてなんだろうね。心当たりないの?」


 葵君が頭の後ろで手を組みながら上を見る。

 私に話しかけてくれているようだ。

 嬉しくなりつつ、心当たりがないか考える。


「私は動画を見ていたら眠くなって、寝ちゃって……。気がついたら放送室にいたんだけど、寝る前に見ていた動画がケージキャッスルのプレイ動画だった」

「なにか関係ありそうだな。どういう内容の動画だったんだ?」


 裕樹君も上の方を見て腕を組む。

 向こうから私が見えているわけではないけれど、二人に注目されると緊張しちゃうな。


「ケージキャッスルは何回もクリアしている人なんだけど、また最初からプレイして、何か新しい試みをする……みたいな……?」

「なんて人の動画?」

「クラウンさん」

「……うん?」


 私と裕樹君のやり取りを聞いていた葵君が声をもらした。

 どうしたの?


「僕、そいつのこと知ってる。多分」

「「え!?」」

「裕樹は白樺蒼真ってやつ覚えてる?」

「あー……おれ達みたいな子役の中いたな。結構前に辞めたはずだけど……」

「しらかばそうま?」

「うん。僕達みたいに子役をしていた人なんだけどね。僕も動画を見たけれど、別人みたいでびっくりした。大人しいっていうか、ちょっと暗い感じの人だったのに、あんなテンションの高いキャラでチャンネルをやっているなんてさ」

「そうなんだ……」


 クラウンさんが暗い感じの人だったなんてびっくりだけれど、それよりも気になるのは……。

 裕樹君と葵君の知人の動画を見ながら眠った私が今、ここにいることは偶然なのだろうか。


「クラウンさんは今回のことに関係しているのかな」

「どうだろうな。なにか関係があるのかもしれないけれど、さっぱり分からない。なにかヒントになることはないかな」


 三人でうーんと首を捻りながら考える。

 でも、なにも浮かばない……。


「ヒント……あ、そうだ。ゆりちゃん! このゲームのストーリーを教えてよ! 知っておいた方が分かることもあるかも知れないし、ゲームと違うことがあったら、それがヒントになるかもしれないよ!」

「そうだな。葵にしてはまともな意見だ」

「なんだとー!」


 仄暗くて怖い場所にいるのに、二人を見ていると楽しい。

 クスクスと笑いながら、二人のやりとりをながめる。

 葵君がぷくっと口を膨らまして話が途切れたところで、私はストーリーの話を始めた。


「えっとね。人形姫は、今はマネキンみたいな人形のバケモノになっているけれど、元は小さな国のお姫様だったの。名前はリディ。小さい頃から好きだった隣の国の王子様と結婚することになっていたんだけど、双子のお姉さん、ルディの策略で悪い人に捕まって、檻と呼ばれている城に閉じ込められてしまうの。それに王子様はルディと結婚してしまって……。結局、檻の城を出られないまま一生を終えてしまったリディは、呪いで城にいた人を人形にして、自分も人形になって王子様を求めるようになった、ってお話」

「なんだよそれ! お姉さん酷すぎる! 人形姫、可哀想じゃん!」


 葵君が拳を振り上げ、大声で怒る。

 気持ちは分かるけれど、アンダーテイカーが来ちゃうよ!


「じゃあ葵が王子様になってやるか?」

「それは無理だけど!」

「ふはっ!」

「ふふっ!」


 手で×を作って拒否をする葵君に思わず私と裕樹君は吹き出した。

 笑われた葵君が拗ねた表情だ。


「笑うなよ。それで、人形姫って倒して終わりなんだよな? 倒したらどうなるの?」

「ごめんごめん。えっーと、終わり方は三つあって、バッドエンドとノーマルエンドとハッピーエンド。バッドエンドは人形姫に捕まって人形の王子様になって終わり」

「こわっ」

「ノーマルは人形姫を倒して、ケージキャッスルを出ることが出来て終わり。そしてハッピーエンドは、人形姫を倒した上で真実を伝えると城にかかった全ての呪いが解けるの」

「真実?」

「うん。王子様がお姉さんのルディと結婚したっていうのは嘘だったの。本当は王子様は、死ぬまでリディを探し続けて生涯を終え、リディと再会を約束した場所にお墓をたてて眠っていたの……」


 私が言い終わると、裕樹君と葵君は目を大きく見開いた。

 そうだったのか、と驚いたようだ。

 私も驚いたし、王子様がリディのことをずっと好きでいてくれて嬉しかったけれど……せつない話だよね。


「王子様、いい奴だった! なあ、裕樹! 僕達でハッピーエンドにしてやろうぜ!」

「そうだな。どうすればいいんだ?」


 二人が気合を入れて拳を握っている。

 私もハッピーエンドになればいいなと思うけれど……。


「攻略途中にあるルディの手紙を全部破ることが条件なんだけど、倒さなくても進める敵を倒さないといけないの。ゲームの難易度が上がるよ? クリアするだけの方が危なくないから、無理にハッピーエンドにしなくてもいいんじゃないかな?」


 人形姫も可哀想だけど、裕樹君と葵君が危険な目にあうのは嫌だ。

 ハッピーエンドを目指すことはやめた方がいいんじゃないか、ということを伝えたら、葵君がムッとした。


「ゆりちゃんは人形姫が可哀想じゃないのかよ! 真実を知らなくてもいいっていうのか!? 僕達なら難しくったって出来るよ! なあ、裕樹! やろうぜ!」

「…………」


 葵君は元気に裕樹君の肩を叩いたけど、裕樹君は難しい顔をしていた。

 黙って考え込んでいるようだ。


「なんだよ、主人公様のくせにびびってるのか?」

「そういうわけじゃない。おれ達が無事にクリアすることが最優先だろ? だからハッピーエンドを目指すとしても、無理はしない方がいいと思う。おれはまだまだやりたいことがあるし……葵のバスケ少年役も見たいしな」


 裕樹君が微笑むと、葵君は目を丸くした。

 バスケ少年の役?

 今度、大人気のバスケ漫画が実写映画化されるらしいけど、葵君はそれに出るのかな?


「……知っていたのかよ」

「原作が好きなんだ。おれはスケジュール的に無理でオーディションも受けられなかったから羨ましい」

「ふん!」


 これはさっきも見たけれど、怒っているように見えて照れている顔かな。

 しばらくツンとしていた葵君だったけれど、「はあ」と溜息をつくと頭をかいた。


「そうだよな。自分達のことを1番に考えなきゃいけないよな。ごめん。ゆりちゃん。僕達の心配してくれたのに」

「ううん。葵君はやさしいね!」

「ふん」


 あ、またツンって照れた。

 私と裕樹君は思わずにやにやしちゃったけれど、葵君にキッと睨まれて話を進めた。


「じゃあ、おれ達は無理をしない範囲でハッピーエンドを目指すってことでいいか?」

「僕はそれでいい。ゆりちゃんも、そういう方針で助けてくれる?」

「うん! 情報のことなら任せて!」

「よし。じゃあ、早速……。2階にそのルディの手紙っていうのはあるのか?」

「1つ目がすぐ近くにあるはず。とりあえず、その部屋を出て」


 まだアンダーテイカーは出て来ないことを伝え、二人を廊下に案内する。

 1つ目のルディの手紙は廊下に落ちているのだ。


「あ、それよ! 端の方でほのかに光っている手紙が落ちているでしょう?」

「本当だ。手紙が光っている」


 少し進んだ先に見えた、ぼやけた光に裕樹君が近づく。

 裕樹君が手に取るかためらっているうちに、葵君が手紙を掴んで読む。


『ばかな子。呼びだしたのは彼じゃなくて私! 私の方が先に彼を好きになっていたのに。私の方が好きなのに。泥棒。あなたなんかいなくなればいい。さようなら。もうひとりの私』


「王子様のふりをして呼びだして、悪い奴らに攫わせたのか。最低だな」


 葵君がビリビリと真っ二つに破ると、手紙は光の粒になって消えた。

 よい気分のしないものを見たけれど、これでハッピーエンドへと一歩近づいた。


「檻の城って、やっぱりここのことだよな?」

「ケージキャッスルっていうんだから、そうなんじゃないかな」

「一生檻の中なんて、やっぱり可哀想だよね」

「そうだな」

「「…………」」


 二人はしばらく手紙が消えた辺りを見つめていた。

 私も静かにそれを見守った。

 見ているだけの私が口出し出来ないけれど、やっぱりハッピーエンドになって欲しいと思う。


「あ」


 葵君が廊下の奥を見ると同時に、裕樹君がイスを掴み直して構えた。

 廊下の先から足音が近づいてくる。

 アンダーテイカーだ。


「二人とも! アンダーテイカーの『メイド』が来るよ! 大きなハサミを持っているから近づくと危ないよ! 葵君はナイフより、その近くに転がっているモップにした方がいいかも!」

「分かった!」


 葵君がナイフを片づけ、近くに落ちていたモップを拾う。

 どうやらナイフはゲーム画面に戻すことができるようだ。

 そういえば治療キットをどこかにしまっていたけれど、ゲームの中に片づけたのか。


 葵君がモップを構えると、廊下の奥から歩いくるメイドの姿が見え始めた。

 ロングスカートのクラシカルなメイド服にカチューシャ。

 格好だけだと可愛いが、体は真っ黒なマネキンのようで、目は『ドッグ』と同じでボタンや宝石、花などでできていて不気味だ。


 メイドは裕樹君達の存在を認識したのか、スピードをあげて走り出した。

 大きなハサミをジョキンジョキンと動かしながら迫る姿が怖すぎる。

 耳を塞ぎたくなるほど怖いが、裕樹君と葵君は勇ましくメイドに攻撃していく。

 裕樹君がイスで吹っ飛ばし、葵君がモップを振り下ろす。

 二人で協力し、メイドは難なく倒すことが出来た。

 強い! 凄い! と私は興奮したけれど、二人の表情は暗い。


「人型っていうのが嫌だったけれど、マネキンみたいに固い感触だからまだマシだな……」

「確かに、肌の感触がして血がドバッてなっていたら戦うのは無理だったかも」


 ……そっか。

 戦うのって怖いだけじゃないよね。

 ゲームと違うし、実際にはこんな乱暴なことはしないからつらいよね。

 二人が凄いとはしゃぎそうになってしまったことが恥ずかしい。

 少しでも二人の負担を減らすことが出来るように、私はしっかりとゲームのことを思い出して伝えよう。

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