2階
フレンド
「追いかけながら聞いて! 2階には犬のアンダーテイカー『ドッグ』がたくさん出るの! 2階に入ってすぐのところにもたくさん出てくる! だから葵君の持っているナイフだと対処しきれないの! でもそのイスだと、振り回して振り払いながら倒すことが出来る!」
「分かった! そのドッグっていうのはちゃんと倒せるのか? 気絶するだけで復活したりする?」
「ううん。ゲームと同じなら倒したら消えるはず――」
「うわあ! 来るな!」
裕樹君が階段を上りきると、開けっ放しの扉の中から葵君の悲鳴が聞こえてきた。
犬のようなうなり声も聞こえてくる。
大変だ、もうドッグに襲われているようだ。
「葵!」
裕樹君が部屋に入ると、葵君が三匹のドッグに襲われていた。
ナイフで戦っているけれど次々に飛びかかられ、全てに対応できていない。
予想していた通りの展開になっていた。
ゲームだと動きで三匹を引き離し、距離を取ってナイフで倒していくこともできるけど、現実ではそう上手くいかない。
「く、来るなよ! スタッフさん、こいつらを止めて! 痛いっ、痛いてば!!」
「まだそんなことを言っているのか!」
助けに入った裕樹君がドッグを椅子でなぎ倒した。
予想通り、倒されたドッグはスッと消えていった。
2匹は倒すことが出来たが、1匹は残ってしまった。
全てを倒せなかった裕樹君は庇うように葵君の前に立つ。
「裕樹! おかしいんだっ! 僕、怪我をしたのに誰も止めにこないんだよ!?」
「だからこれは撮影じゃないって言っているだろ! おれ達はホラーゲームの世界に来ちゃったんだって言ったじゃないか! 今2匹消えたのを見ただろ!? それによく見てみろ! こんな生き物いないだろ!」
残りの一匹がじりじりと裕樹君たちに近づく。
裕樹君の背中からその姿を見た葵君が体を震わせた。
「そ、そんな……なんなんだよ、このバケモノは……!!」
ドッグは体が色んな柄の皮のツギハギでできている。
目が赤く光っているが、よく見るとボタンや宝石、花などだ。
ちゃんとした目をもつ犬は一匹もいない。
そして黒いモヤのようなものに体を覆われている。
ゲームだとお洒落に見えたけれど、リアルに見ると気持ち悪い。
『ヴゥ……グルゥ……』
残っていた一匹を倒す前に、新たなドッグが一匹、姿を現した。
「裕樹君! この場面は20匹くらいドッグが続けて出て来るところだから! 椅子を振り回していたら大体倒すことが出来ると思う! あと、扉から入ってくるから正面で待ち構えると効率的だよ!」
「了解!」
そう言うと裕樹君は、飛びかかってきた2匹のドッグを椅子で薙ぎ払った。
1匹は倒すことができて消えたが、残った1匹が横に吹っ飛んだ。
「葵! 吹っ飛んだやつにナイフでトドメを頼む! おれは扉の正面で待ち構えて、入ってくる奴を倒す! 倒しそこねた奴が入ってきたら、それのトドメも頼むぞ!」
「ぼ、僕、そんなことできな……あ!」
扉の正面に向かう裕樹君に向けて葵君が手を伸ばしたその時、吹っ飛んで倒れていたドッグが起き上がってしまった。
そしてすぐに裕樹君の元へと向かっていく。
裕樹君は気づいていないのか、正面の扉に向かうのをやめない。
「裕樹っ、あぶない! ……ああ、くそ! やればいいんだろ!」
葵君がナイフを握りしめ、ドッグに切りかかった。
葵君の攻撃は当たったが仕留めることはできなかった。
ドッグは体勢を変え、狙いを葵君に変えた。
グルルと唸り声を上げ、葵君に飛びかかる。
「うろちょろするな! うぜー!」
片手にナイフを握った葵君の攻撃が綺麗に決まった。
ドッグの体がスッと消えていく。
凄い!
私は思わず拍手をしてしまった。
「た、倒した……痛っ」
「葵君、大丈夫!?」
「大丈夫だよ、天の声さん」
「よかった……。かっこよかったよ! あと、私はゆりだからね!」
「おい、和んでいる場合じゃないぞ。次が来た!」
イスを握りしめる裕樹君の視線の先には、2匹のドッグがいた。
「葵君、裕樹君のサポートをお願い!」
「分かってるって!」
葵君が裕樹君の近くに移動すると同時にドッグは動き出した。
裕樹君がイスで攻撃をすると、2匹のドッグは苦労すること倒すことが出来たが、また新たな2匹が現れた。
倒しても倒しても次々と現れる。
裕樹君は時折倒しそこねるが、葵君が問題なく始末していく。
二人の連携が凄い!
そして――。
ゲームの通り、20匹ほど倒したところでドッグが新たに現れなくなった。
「はあ……はあ……もうキモい犬はこりごりだ……」
ずっと椅子を振り回していた裕樹君がその場に座り込んだ。
息が上がっているし、汗もたくさんかいている。
ただ振り回していたのではなく敵を倒し続けていたのだから、精神的にも体力的にもかなり疲れただろう。
大人でも苦労したはずだ。
私だったら最後まで持たなかったと思う。
「……お疲れ。裕樹、凄いじゃん。超主人公様って感じ」
葵君が裕樹君の隣に立つ。
褒めているけど、表情はどこか悔しそうだ。
「全部倒せなくても葵が始末してくれるって分かっていたから、思いきりやれたんだ。サンキュ」
ニカッと笑う裕樹君に、葵君がバツの悪そうな顔をする。
「ふんっ。っていうか! 扉に向かっている裕樹に襲いかかろうとしていた犬のことだけどさ! 自分が狙われているって分かっていたのに、僕におしつけただろ!」
「アレに対応している間に、新たに扉から入ってこられると面倒臭いことになりそうだったし、葵を信用していたから任せたんだよ」
「か、勝手に頼られても迷惑だ!」
照れているのか、葵君が顔をそらす。
怒っているようにも見えるけど、裕樹君に頼られて嬉しそうだ。
信頼している男の子の友情、凄くいいなあ。
「痛っ。あー……最初に食らった犬アタックのせいで怪我しちゃったよ」
「ええ!? 葵君怪我しちゃったの!? 大丈夫!?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね。天のゆりちゃん」
「天のゆりちゃんってなんだか天国にいるみたいだからやめて」
「はは! …………っ、いてて」
葵君がわき腹をおさえ、痛そうにしゃがみ込んだ。
「これを使え」
休んでいた裕樹君がなにかを取り出した。
受け取った葵君が首をかしげる。
「この箱なに?」
「回復キットだ。1階をクリアしたときに貰ったんだ。怪我が治るから。そうだろ? ゆり」
「うん!」
葵君の持つ白い箱は確かにゲームで見た回復キットだった。
人形姫を倒したときにゲットしていたんだね。
「僕が使っていいの?」
「ああ。10個貰ったからまだある。っていうか、あと4つ持っておけよ」
更に4つ裕樹君に押し付けられた葵君が混乱している。
受け取っていいのか迷っているようだ。
大事な回復アイテムを半分こしてあげた裕樹君に、大事なものだからこそ貰っていいのか迷っている葵君。
二人ともいい人だなあ。
「葵君。回復キットならこれからも拾うことがあるから使わせて貰ったらいいんじゃないかな」
「そっか。……裕樹、ありがと」
「おう」
照れる二人を見ていると、おせっかいかもしれないけれど口を挟んでよかったと思った。
早速回復キットを使うと、痛そうな顔をしていた葵君の顔が驚きに変わった。
「怪我が治った。本当にホラーゲームの世界なんだ……」
「さっきの犬……ドッグと戦ったあとなのにまだ分かっていなかったのか? そもそもひとりで先に行くなって止めたのに、どうして話を聞かなかったんだよ」
「だって! ゲームの世界だなんて思わなかったし! それに……それに……っ」
言葉に詰まった葵君が俯いた。
どうも様子がおかしい。
「……葵君?」
「僕は……どうしても裕樹に勝ちたかった!! もう負けたくなかったんだよ!!」
「え?」
突然葵君の雰囲気ががらりと変わった。
大きな声を出し、怒っているように見える。
私と裕樹君はびっくりだ。
どうしたのだろう。
ついさっきまでは、とても仲のいい友達だという感じだったのに、今の葵君はまるで敵をみるような目で戸惑う裕樹君を睨みつけていた。
「僕にはやりたい役がいっぱいあった! でも……受かるのは裕樹ばかり! 僕はやりたい役をやっている裕樹の後ろで、興味の湧かない役をまわされて立っている! 裕樹がいなかったら、僕が……!」
「…………」
怒りを爆発させる葵君を、裕樹君は無表情で見ているけれど、目がどこか寂しそうだ。
クールな感じのする裕樹君だけれど、葵君には心を開いているように見えた。
友達だと思っている人に、「いなかったら」なんて言われたら……凄く悲しいよね。
私は二人のことを見ているだけの無関係な人間だけれど、二人の仲が悪くなるのは嫌だ。
「葵君、あのね! 裕樹君は、葵君のことを友達……ううん、きっと親友だと思っているよ!」
「は?」
「なっ! ゆり!? なにを言って……」
「葵君が今そこにいるのは、私がガチャで『フレンドプレイヤー招待』を引いてしまったからなの! フレンドプレイヤーっていうのは、きっと友達のことで。つまり、裕樹君が友達だって思っているから、葵君が来たわけで……だから!」
こんなところに連れて来られてしまったことが、裕樹君が葵君のことを本気で友達だと思っている証明になるなんて、皮肉だけれど伝えたい。
私と同い年なのに仕事をしてたくさんがんばっている葵君には、私には分からない苦労や想いがたくさんあると思うけれど……どうか裕樹君のことを嫌いにならないで欲しい!
それをどう言えばうまく伝えることができるのか分からなくて言葉が出てこない。
考えていると葵君がぽつりとつぶやいた。
「…………。ふーん、僕がこんなところに来ちゃったのは裕樹のせいってことか」
「違う! そうじゃなくて、私のせいなんだけど!」
「ははっ」
「……葵君?」
「そっか……裕樹も友達と思ってくれていたんだ」
間違った方向に話が進みそうで焦ったけれど、葵君の笑い声が聞こえて首を傾げた。
裕樹君のせいだなんて言うから、余計に怒ったのかと思ったけれど、葵君は笑っている。
「心配しなくても、ちゃんと分かっているよ。裕樹のせいでもゆりちゃんのせいでもないってね。そっかー。僕のこと親友だと思っているのかあ。裕樹、あんまり友達いそうにないもんなあ? よく一人でいるところも見かけるし」
「…………っ。うるさい!」
今度は裕樹君が怒ったけれど、ピリピリした空気はなくなっていた。
あれ? いつの間にか仲直り?
戸惑っていると、「はーっ」と大きな息をはいた葵君が裕樹君を見た。
「さっきはごめん。裕樹が実力で選ばれているってことは分かっている。最近、気合入れて狙ってた役に落ちたから、八つ当たりしちゃったかも」
申し訳なさそうに苦笑いをする葵君に、裕樹君は笑顔を向けた。
「葵を落とすなんて、審査した奴の目が悪かったんだろ」
「あ、裕樹もそう思う? 僕を落とすなんて信じられないよね~。絶対出世しないよ、あいつ!」
ケンカしそうな雰囲気だったのに、もう仲良く肩を組んでいる。
二人とも切り替えが早くてびっくり!
案外似たもの同士、なのかな?
「やっぱり友情っていいなあ」
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