おいかけっこ
裕樹君が慌てて立ち上がり、後ろの廊下へかけて行く。
『わたしが……わたしがあなたの姫よおおおお!!!!』
「うわあああああああ!!」
カタカタと不気味に揺れながら動き出した人形姫を見て裕樹君が叫んだ。
恐怖で足も止まってしまっている。
「裕樹君、振り返っちゃだめ! 走って! 大丈夫! 私が逃げるのを手伝うから! 絶対止まっちゃだめ!」
「あ、ああ!!」
裕樹君が再び走り出す。
よかった……!
「しばらく真っ直ぐの廊下が続くわ! 突き当たりで曲がって、またまっすぐ進んで、行き止まりにある扉を開けたら、人形姫はもう追いかけてこなくなるから! そこまで頑張って!」
「L字型の廊下ということか!?」
「そうよ!」
凄い、今の私のつたない説明で分かったなんて!
「途中で逃げ込める部屋はないのか!」
「全部鍵がかかっているの! 開けようとするとタイムロスになるから無視して! 開いていたけど近づくと閉まる扉も無視!」
全部屋の鍵チェックも、もちろんクラウンさんが試したのだ。
近づくと閉まる扉に、なんとか滑り込んで入る方法がないかも試したが無理だった。
結局開けることが出来た扉はゴールとなる扉の一つしかなかった。
「あとね! 廊下の壁にかかっているランタンを人形姫にぶつけると一定時間燃え上がって足止めできるから、やって!」
「そんな余裕はない!」
「大丈夫、裕樹君なら出来るよ! ドラマとかで緊張するのは慣れているでしょう!」
「こんな体験初めてだっつーの!」
私だって初めてだよ!
でも、ランタンは取った方がいい。
ゲームでは取らないと何度か攻撃が当たってしまうから、裕樹君も怪我をすることになるだろう。
ノーダメージでここをしのぐには、ランタンを全て当てるしかないのだ。
それを言うと緊張したり怖くなるかもしれないから、言わない方がいいと決めて裕樹君を誘導することにした。
「やればできる! 人気者の力を見せてよ! ほら、一つ目のランタンがあったわ!」
「ああもう! やってみればいいんだろう!」
裕樹君は片手でランタンを取るとふり向いた。
『……どぉして逃げるのぉおおおおお!!!!』
「ひっ! う、うああああ!!!!」
迫ってきた人形姫におびえた裕樹君がランタンを思いきり投げつけた。
その瞬間、ガシャンとランタンが割れた音と同時に人形姫の体が炎に包まれた。
『ぎゃああああああああああああっ!!!!』
「あ、当たった! おい見ろよ! 当たったぞ!」
「凄いよ裕樹君! 今のうちに逃げて、次のランタンを取って!」
「おう! わかった!」
ランタン攻撃がうまくいったことで元気がでたのか、裕樹君はさっきよりも早いスピードで廊下をかけていく。
『……待って……待ってよおおおお!!!!』
「うわあ! また追いかけて来た!」
「大丈夫! 全然余裕があるよ! ほら、次のランタンも取って! 私が合図をしたら真後ろに投げて!」
「分かった!」
裕樹君は運動神経がいいようで、足も速いし、走るスピードを落とさず上手にランタンを取った。
「すごい……」
思わずつぶやく。
私ならきっと転んで動けなくなっている。
「はあっ……くそっ、近づいて来たか!?」
「大丈夫! まだもう少し!」
裕樹君よりも人形姫の方が早い。
段々距離を詰められる。
「もうすぐだよ! 5、4、3、2、1……今よ!」
「よし!」
ふり向くと同時に投げたランタンはさっきよりもきれいにヒット!
人形姫は再び炎に包まれた。
『ぎゃああああああああああああっ!!!!』
恐ろしい叫び声に私は思わず目を閉じたけれど、裕樹君はすぐに逃げるのを再開していた。
映画の主人公みたい……かっこいい!
お母さんが「将来有望よ!」とさわぐ気持ちが分かった。
そんなことを考えながら見守っているうちに、裕樹君は突き当たりを曲がった。
「もう半分まできたよ! あとはずっと真っ直ぐ進むだけ! ランタンは残り二つあるわ!」
「了解! おわっ!?」
裕樹君が驚いたのは、廊下に面している部屋の扉が続々と開いたからだ。
しかもそこから裕樹君を覗き込む黒い影が見える。
「気持ち悪いけど大丈夫! 何もしてこないから無視して進んで!」
「本当に大丈夫だろうな!?」
「うん! なにかあるように見せて邪魔するだけだから! 残り二つのランタンにだけ集中して!」
クラウンさんは色々試して遊んだところだが、ただの時間ロスにしかならない。
扉に気を取られるとランタンを取るのを忘れてしまうから、ノーダメージで逃げ切るのを妨害するためにあるのかも。
「はっ……はっ……よし、ランタン取ったぞ!」
「うまい! タイミングはまた言うからね!」
「たのむ!」
だいぶ息も上がってきている裕樹君だが、しっかりとランタンを回収した。
少し進んだところでまた人形姫が近づいてきた。
二回のランタン攻撃でダメージを受け、黒いマネキンの体からには焼け落ちた部分が見られた。
真っ赤なウェディングドレスにはまだ火が残っている。
『ああああああ! どうしてひどいことをするのおおおおおお!!!!』
怒声を上げた人形姫の頭部がくるくると回りだす。
裕樹君を追いかけるスピードも上昇した。
「うわあ! すっげえキモい!」
「見ちゃだめだってば! もう少しで投げるよ! 3、2、1……今だ!」
「くそっ!! キモいの吹っ飛べええええ!!」
『ぎゃああああああああああああっ!!!!』
気合の入った一撃が直撃した人形姫が燃える。
すかさず裕樹君は走り出す。
まるでベテランプレイヤーのような動きだ。
「はあっ……きっつ……っていうか、さっきは5から数えたのに、なんで今度は3からなんだよ! 急に短くするなよ!」
「ご、ごめん! 思ったより早くて……えへへ」
「えへへじゃねえよ! おれは必死なんだからな! 捕まって人形にされたらお前のこと追いかけ回してやるからなー!」
「ごめんって! えへへ」
「だからえへへって言うなー!」
「あ、最後のランタンだよ!」
裕樹君が近づくとバタンバタンと閉まっていく扉を無視しながら進んだ先にランタンが見えた。
「おい! あのランタン、デカくないか!?」
「うん! 最後のは大きいの! 今までみたいに投げつけるのは無理だから、待ち構えて投げて!」
最後のランタンは今まで大きさの倍はあるから、両手で持たないといけない。
それに今までは当てやすかったが、今度は……。
『ゆるさない……私の王子様……ゆるさないんだからああああ!!!!』
「う、うわあ! なんだあれ! あいつ、大きくなってないか!?」
裕樹君が言うとおり、姿が見えた人形姫は廊下の天井に頭がつくほど大きくなっていた。
腕や首が折れたまま、左右の壁にぶつかりながら追いかけてくる。
今までより動きが大きく、恐ろしい。
「あれにぶつけるのか? 無理だろ! ランタンをぶつけなくても逃げ切れるだろ!?」
入ると逃げ切ることの出来る扉はもう目の前だ。
人形姫との距離もまだあるし、逃げ切れそうに思える。
確かに逃げることは出来るが……。
「裕樹君! ランタンを投げつけなくても逃げ切ることは出来るけど、ランタンで足止めしないと必ず攻撃されちゃうの! 私、裕樹君に怪我をして欲しくないよ! 凄く怖いけど頑張って!」
「…………っ! くそっ、分かったよ!」
裕樹君がランタンを両手に持って構える。
人形姫が壁を破壊しながら近づいてくる。
うめき声も壁が壊れる振動も、全部が怖い!
目の前に人形姫がいる裕樹君はもっと怖いだろう。
「おちつけ、おれ。デカくなったから当てやすいだろ……」
裕樹君が自分を励ましている声が聞こえる。
頑張って!
両手を組んで「成功しますように!」とお祈りをした。
『王子様ああああっ!!!! いっしょにいてええええ!!!!』
「食らえ!」
人形姫がギリギリまで迫ったところで、裕樹君がランタンを投げつけた。
ぎゃああああああああああああっ!!!!
「よし! ざまあみろ!」
「裕樹君! 全力で走って! 最後は追いかけてくるスピードが凄く速いから! 絶対に振り返っちゃだめだよ!」
「わ、分かった!」
走り出した裕樹君の後ろでは、炎に包まれた人形姫が悲鳴を上げ、苦しんでいる。
でも、すぐに裕樹君のことを追いかけ始めるのは分かっている。
ここからは特に怖いから、本当は見たくない。
でも、裕樹君の力になれることもあるかもしれないし、なにより裕樹君一人に頑張らせているようで嫌だ。
せめて見守って応援したい。
『オウジサマアアアア!! アハッ……アハハハハ!! ヒャハハハハ!!!!』
笑い出した人形姫が炎をまとったまま、四つんばいで裕樹君を追いかけていく。
廊下を這うように動いているのに今までよりも速い。
ああ、やっぱり怖いし気持ち悪い!!
「すっごく見たらやばそうな感じが凄いするんだけど!!」
「うん! 絶対見ないで! 扉はすぐに閉めてね!」
「分かってる!!」
あともう少しだよ!
ハラハラしながら見守る。
裕樹君の体力も限界に近いようで苦しそうに走っている。
あと5メートル、4……3……2……1……!!
「うわああああっ!!!?」
ドアノブを回して中に入り、振り返って扉を閉めようとした裕樹君が、迫り来る人形姫を見て固まってしまった。
「閉めてっ!!!!」
「…………っ!!」
私のさけび声を聞いてハッとした裕樹君が慌てて扉を閉めた。
その瞬間にドンッ!!!! という激しい衝突音がひびいた。
『ああ……ああああ……わたしの王子様あ……どこなの……』
すすり泣く人形姫の声が聞こえたが、それはだんだん小さくなって消えていった――。
「……た、助かったのか?」
「……うん……うん!! クリアしたんだよ!! 凄いよ裕樹君!! ノーダメージクリア……あ! 攻撃は当たってないけど、怪我とかしてない!? 大丈夫!?」
ゲーム的にはノーダメージだけれど、裕樹君はゲームのキャラクターじゃなくて人間だ。
どこかぶつけたり切れたりしていないか心配になった。
「はあ……はあ……大丈夫だけど……疲れた……」
そう言うと裕樹君は床に倒れ込んでしまった。
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