1階

ゲームスタート

「ん?」


 固いところで眠っていて、体が痛くて目が覚めた。

 ソファで寝ていたはずだけれど、落ちちゃったのかなあ?


「あれ、ここは……」


 丸い穴が並ぶ防音効果のある壁、見覚えのある機材に使い慣れた机と椅子。

『げんきにあいさつ』のポスターに、茶色くなった放送手順の書かれた紙。


「学校の放送室?」


 私は放送委員会に入っているから、ここをよく知っている。

 間違いなく私が通っている霞台小学校の放送室だった。


「もしかして私、寝ぼけている? それとも夢?」


 ほっぺたを抓ってみたら痛い気がした。

 痛みも感じる夢なのかな?


「うん? 何か動いた?」


 気になったのは放送席の前にある窓だ。

 今はカーテンがかかっていて見えないが、放送室用の倉庫のような部屋とつながっている。

 ロッカーや本棚があるだけで放送がある時以外は誰もいないのだが、誰かいるのだろうか。

 確認してみよう。

 カーテンを捲ろうとしたが……手が止まる。


「カーテンを捲ったら、バケモノがいて襲いかかってくるとかないよね?」


 ゲームでそういった場面があったことを思い出してしまった。


「ど、どうしよう……夢だとしても怖すぎるよ……」


 バケモノじゃなくても、ゾンビがうじゃうじゃいたらどうしよう!

 井戸が見えて長い黒髪の女の人が出てきたらどうしよう!

 ドキドキして散々迷ったけれど……余計にカーテンの向こうがどうなっているのか気になってきた。


「ええい! どうにでもなれー!」


 思い切ってカーテンをシャーと引いた。

 すると見えたのは、バケモノがうじゃうじゃいる光景……ではなかった。

 そして、いつも通りの倉庫でもなかった。


「なにこれ? テレビみたい」


 窓がまるでテレビの画面のようになっていたのだ。

 しかもそこには見覚えのある映像が流れている。


「これは……ケージキャッスル?」


 ほぼ真っ黒の画面だが、うっすらと浮かび上げって見える景色はプレイ動画で見たことのあるエントランスだ。

 今は荒れ果てているが、昔は映画に出てくるような立派なお城だったことがこのエントランスからも分かる。

 ところどころ割れている寂れたシャンデリア。

 窓に打ちつけられた板もいくつが剥がれてしまっている。

 ボロボロになって散乱しているアンティーク風の家具を見ると、なんだかせつない。


「そういえばエントランスってゲームのスタート地点だっけ。……あれ?」


 暗い中、ぼんやりと光るものがある。

 よく見てみると、それはひとりの男の子だった。

 赤いマントに王冠を乗せた王子様。

 一瞬クラウンさんかと思ったが、違った。

 あの服装は……ケージキャッスルのプレイヤー、主人公と一緒だ。

 そしてその服を着ているのは、見覚えがある顔で……。


「え……伊志野祐樹!?」


 姿はケージキャッスルの王子様だが、顔はテレビでよく見る伊志野祐樹だった。

 よくみればエントランスもゲームの映像とは違う本物の景色だ。


「撮影なのかな?」

「…………っ!? 誰だ!? おれを知っているのか!?」

「え!?」


 祐樹君が私の声に反応したようで驚いた。


「あ」


 放送機材を見てみると、マイクのスイッチが入っていた。

 私の声が祐樹君のいる場所に放送されたってこと?

 椅子に座り、マイクに向かって話してみる。


「あの、伊志野祐樹君だよね? 私の声が聞こえますか?」

「き、聞こえる! どこにいるんだ!?」


 私を探しているのか、きょろきょろと周りを見わたしている。

 わあ、芸能人と話をしちゃったよ!

 お母さんに自慢しちゃおう! と嬉しくなったけど、今はそれどころじゃなかった。


「あの、私は神先ゆり。なぜか分からないけれど、気づいたら霞台小学校の放送室にて……。窓に裕樹君の姿が映って見えているの」

「小学校の放送室? おれが見えるってどういうことだ!?」

「私も分からないよ! 家のソファで寝ていたはずなのに、気づいたらここにいたんだもの!」


 裕樹君も私も黙り込んでしまう。

 誰か事情が分かる人は現れないかな。


 ……ふふ……ふふふふ……ふふ……


「こんどはなんだ!? なにかいるのか!?」


 裕樹君が上の方を見た。

 暗闇の中でキラリと光る王冠と、あやしくゆれる真っ赤なウェディングドレス。

 それをまとっているのは……真っ黒のマネキンのような人形だ。

 顔ものっぺらぼうのように真っ黒だが、目の部分は血のように赤く光っている。

 あれは……!!


「人形姫!」


 ケージキャッスルの主であり……ラスボスだ!

 エントランスに出るなんて!


「そうか。ケージキャッスルのスタート地点だからか!」


 人形姫はラスボスだが、最初の遭遇は1階だ。

 そして今は絶対に倒せないから逃げるしかないのだ。

 その前に――。


『ねえ? あなたが私の王子様? ずーーーーっと私と一緒にいてくれる?』


 まずこの質問に答えなければいけない。

 ゲームの場合では、「はい」か「いいえ」で答えなければいけないのだが、「はい」と答えてしまうと連れ去られてしまい、人形姫と同じマネキンのような人形にされ、ゲームオーバーになる。

 クラウンさんは「はい」を選んだ後に逃げる道はないか何度も試していたが、何をしても結局からだが人形になってしまい、ゲームオーバーになった。


「裕樹君! 絶対に『いいえ』と断って! 断らないと人形にされちゃう!」

「なんだって!? 人形なんてお断りだ! 『いいえ』だ! おれは王子なんかじゃない! お前とずっと一緒だなんてごめんだ!」


『……うっ……うわああああああああああ!!!!』


 裕樹君が断ると、人形姫が悲鳴のような雄叫びをあげた。

 その瞬間、エントランスの窓ガラスがバリンと割れ散った。

 聞くと呪われそうな声で起こる振動がこわい……!

 思わず手で耳を隠した。

 裕樹君も尻餅をついて倒れていたが……ハッとした。

 そうだ、ここからゲームが始まるんだ!!


「裕樹君! すぐに立ち上がって! 後ろの廊下から逃げて! 人形姫が追いかけてくるから、逃げ切らなきゃいけないの! 捕まったら人形になっちゃう!」

「なっ……わ、分かった!」

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