ホラーゲームワールド 実況少女と王子様
花果唯
プロローグ
う……ああ……あ…………ああ……あ……
おぉぉ……おおぉぉ…………おおぉぉ……
暗闇の中、不気味なうめき声がいくつも聞こえる。
タッタッタッと響く自分の足音さえも怖くなる。
見えているのは足元だけで、呻き声の主がどこにいるかはっきり分からない。
ただ、敵意をもって追いかけて来ていることだけは感じる。
何度も追い詰められながらも逃げ回ってきたが、もうだめかもしれない。
あと一撃を食らえば、この体ももたないだろう。
奴らが段々近寄ってきた……どちらに逃げればいいのか……。
足を止め、振り返ったその瞬間――。
僅かな視界の中に妖しくキラリと光る大きなハサミが見えた。
ジャキンという斬れ味のよい音と同時に体に痛みが走る。
大きなハサミを持つ黒い手、赤く光る目の黒い女。
女は再び斬りつけようと近づいてくる。
手に持った小さな武器を振り回して追い払おうとしたが、気づけばいくつもの赤い目がまわりを取り囲んでいた。
ジャキン……ジャキン……ハサミの音が一斉に襲いかかり――。
うああああああああああああっ!!!!
悲鳴のあとに残されたのは、この城の主から出された招待状だけだった……。
『いやあ、死んじゃいましたね! ですよね~! やっぱり武器がスプーンでは無理があったかあ! ですよね~!』
明るい声にホッとした私は「はーっ!」と息を吐いた。
「も~クラウンさんってば、武器がスプーンとか無茶しすぎだよ! どきどきしたよ~!」
見入っていたタブレットの画面から顔を離した。
今日は土曜日。
学校も塾もないのんびり出来る日。
さらにお母さんはお友達と出かけ、お父さんは急に呼び出されて会社に行った。
……ということで、私一人!
「画面が近い!」とか、「長い時間見てはいけません!」と言われない!
ゆっくりと動画が見られる!
「天国だ~」
朝からずーっとリビングのソファに寝転がり、タブレットで動画を見続けている。
パンやお菓子、ジュースも持ち込んで完璧だ。
「あ、やった! クラウンさんの新作が出てる!」
私はホラーゲームの実況動画が大好きだ。
特にホラーゲーム『ケーズキャッスル』を中心に動画をアップしているクラウンさんという人のチャンネルにハマっている。
クラウンさんはホラーゲームの実況をたくさん公開している人で、私と同い年の12歳らしい。
でも、大人に負けないくらいおしゃべりは上手だし、ゲームもうまいし、アップする動画はとても面白い。
頭には王冠、目元がかくれる仮面とキラキラしたマントを着けている。
私が動画を見ているときにのぞいてきたお母さんは、クラウンさんを見て「ひとり仮面舞踏会って感じね」と言っていた。
動画にそのことをコメントしたら、クラウンさん本人が気に入ってくれて、動画の始まりの挨拶で「どうも! 今日もひとり仮面舞踏会、クラウンです!」と言ってくれるようになった。
私がさらにファンになってしまったのは自然なことだと思う。
最近では憧れすぎて、同じことをしたくなってきていた。
「ホラーゲームの実況、私もやってみたいなあ」
……とは思うけれど、まずホラーゲームソフトもゲーム機も持っていない。
パソコンとか、動画を完成させるための機材もない。
「お父さんかお母さんにお願いしても、買ってくれるわけがないよね」
お年玉は貯金されちゃうから、誕生日とクリスマスで集めていくしかない。
もしくはサンタさんが奮発してくれるのを祈るしかない。
サンタさん、物凄く良い子にするから実況動画を作るために必要になるもの全部ください!
「あ~お金が欲しいなあ! ……うん?」
ソファに座ったまま背伸びをしていると、テレビのCMの音が耳に入ってきた。
そういえば「ゆりは耳がいくつあるの! 動画を見ているのにテレビをつけてはいけません!」と怒られないから、録画していたアニメも流していたっけ。
もちろんリモコンもソファに持ち込んでいる。
テレビに目を向けると、お母さんが大好きな子が映っていた。
「また伊志野祐樹!」
中学生くらいにみえるけれど、私と同じ小学校六年生の男の子だ。
クラスメイトの男の子達より背が高いし、キリッとしていてかっこいい。
有名な女優の息子で、お母さん譲りの綺麗な顔をしている。
髪なんてサラッサラだし、歯は真っ白だし……芸能人って凄いなあ。
ドラマやCM、映画にたくさん出ている人気者でテレビで見ない日はない。
「お金いっぱい持っていそうだな。うらやましい」
私も芸能人になってみようかな。
私がお母さんから譲り受けたのは脳天気くらいだけど、頑張ればなんとかなるかも?
あ、でも、お仕事で動画見る時間がなくなるのはいやだな。
「それ以前に芸能人になるためのオーディションには受からないから安心しなさい」というお母さんの声が聞こえた気がして、なんだかちょっと凹んだ。
「やっぱり動画だけ見よう」
リモコンでテレビを消し、再びソファに寝転んだ。
クラウンさんの「New!」マークが付いた動画をクリックする。
「あ。ケージキャッスルをまた始めからするんだ」
ケージキャッスルは全年齢向けのホラーゲームで、『檻』と称される城に閉じ込められたお姫様の話だ。
お城の中や敵、主人公になる王子様のデザインもお洒落で可愛いから、見た目は子供の私から見ても怖くない。
でも……プレイするとすごく怖い!
可愛いのに不気味だし、追いかけられたりしてドキドキハラハラ!
さっき見ていたケージキャッスルのプレイ動画もそうだった。
スプーンでどこまで戦えるかというチャレンジだったのだが、ランプなどの明かりのアイテムを使わず、ほとんどまわりが見えない状態で進むという悪い条件の中でやっていたから凄く怖かった。
あと一撃をあびたら終わる、というところでハサミが見えた瞬間、息が止まったよ!
あ~怖くて面白かった!
わざと難しくしたり、変な条件でやったりするのもクラウンさんのおもしろいところよね。
「今度も何か変なことをするのかなあ!」
クリアしているケージキャッスルを最初から始めるのだから、普通にプレイをするだけではないと思う。
「わくわくする!」
『はい! どうもどうも! クラウンチャンネルのクラウンです! 見てくれてありがとうね! 今日もみんな大好き! こちらの……じゃーん! ケージキャッスルで遊ぶわけですが……が! 今回はちょっとね、新しい試みを――」
……あれ?
「ふああああ」
さっきお昼ご飯を食べてお腹がいっぱいになったからか、眠たくなってきちゃった。
貴重な時間をお昼寝で使ってしまうのはもったいない! ……けれど眠気には勝てず……。
『ではでは参りましょう! 今日はひとり仮面舞踏会じゃない! 皆と一緒に~レッツプレイ!』
クラウンさんの声を聞きながら、夢の世界に旅立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます