神籬を越え、かなたへと向かう

 奏汰かなたが怪物に背後からしたたかに打ちのめされるのを神籬ひもろぎの水盤越しに見た私たちは絶叫した。本当に背筋が凍った。


 ほかの仲間たちが集まって岩のような痩せ細った怪物に攻撃をする。でも私たちにもわかる。全然効いてない。奏汰は赤い服を着た女の子に抱え起こされて何とか立ち上がろうとしているが辛そうだ。


「立って! 立ってかなすけっ!」

「大丈夫かあいつ……」

「なあはるはる、なんかできることねえのか俺たちに」

「できることなんて…… あったらとっくにやってる!」


 奏汰たちと怪物が死闘を繰り広げ、奏汰がものすごい勢いで両手の剣を何度も打ちつける必殺技っぽいのを放ったけどあまり効果はなかったみたい。私は爪が手の平に食い込むほどに力いっぱい手を握っていた。手が汗ばんでいるのは暑さのせいじゃない。


 怪物が叫ぶと一体、また一体と新しい怪物が引き寄せられるように姿を現す。その数は次第に増え、仲間たちはそれと戦うために奏汰から引き離される形になる。

 まだ少しふらついている奏汰に勝ち目はあるのか。


 いやだ! あんなところで奏汰が死ぬなんて絶対いやだ!


 さらに手を強く握りしめる。



 すると水盤にゆらゆらと人影が浮かぶ。それは次第に輝きを伴いはっきりとした女性の形を見せる。栗色の髪、少し日焼けした肌、緑の瞳。胸から上だけが水盤いっぱいに映っている彼女の右手は何かを持っている。

 地母神エクスウェラさんだ。


「なに? なになに? 誰?」

「敵ではなさそうだが……」

「こ、今度は何が起こるってんだ」

「女神様」

「なんだって!」

「女神様?」

「え、何で知ってるんだ?」


 深刻な表情のエクスウェラさんはこちらに右手を突き出すとそれは水盤を通過し我々の目の前に現れた。


「ええええええ!」

「おおおおおお……」

「いやいやいや……」

「…………」


 私はその手の下に自分の手の平を置いた。エクスウェラさんが私の手の平に何かを置いた。暗がりで確かめてみる。やっぱり。

 

 これがあれば向こうの世界、ベルエルシヴァールに行ける。奏汰を助けられる。

 だけど。


 私死ぬかもしれない。殺されるかも知れない。


 私は碧月涙エディルナを握った手を胸元に置く。碧月涙エディルナにはめ込まれたエメラルドは緑色の輝きを発して、私を強く照らし出す。


 でも、答えなんて決まってる。


 私は振り向いた。


「ごめん、私、行くね」


「はるはる……!」

「遥香……」

「行ってどうするんだ」


 真剣な声で答える。


「あれを奏汰と一緒に倒す」


「できるわけないだろ! 見てただろうよ! あんだけ奏汰が苦戦してんだぞ!」

「そうだよ無茶だって」


「だからだよっ!」


 私は思わず叫んでしまった。


「だからこそ行くんじゃん。だって私が行かなかったどうなるか分んないじゃない」


 私の声は少し震えていたと思う。


 たけやんが落ち着いた声で言う。


「いや、勝機はあるかも知れない」


 たけやんは私の元に近寄る。私の手を取る。

 私の手を開かせ煌々と輝く碧月涙エディルナの上にたけやんは手を置いた。


「俺たち全員で行けば」


「なるほどそうか!」

「さすがうちらの軍師様だね!」


 さごとるっちも駆け寄ると私の手に自分たちの手を乗せる。


「遥香にとってだけじゃない。俺たちにとっても奏汰は大切な友達なんだからな。忘れてたのか」


 たけやんが少し得意そうに言う。


「知ってたよ……」


 私は神籬ひもろぎ全体に目をやる。私たち四人くらい余裕で通れるくらいの大きさだ。私は手に力を入れて握る。


「でも死んじゃうかもしんないんだよ」


「大丈夫!」


 るっちが元気な声を出す。


「俺たち五人ならきっと勝てる」


 さごが力強く言う。


「みんなを信じて戦おう」


 たけやんがあいかわらず落ち着いた声で話す。


 私はみんなと手を放さず一歩踏み出した。


「じゃ行くよ」


 暗黒と閃光が頭の中でせめぎ合い混沌として混じり合う全身に鈍い衝撃を受け私たちは意識を失った。

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