機は熟したり、媼(おうな)の真の名を知る――
お婆さんがあちらの世界に向かうことになったけど、私としては心がざわつかないわけじゃなかった。
お婆さんは「骨を折る」と言ってくれたけど、それが上手くいかなかったらどうなるのか。このお婆さんをそこまで信用して良いものだろうか。
よくよく考えたらすっごい不安だよ。
「なにやら値踏みをしておる目つきじゃな」
いつもの不機嫌そうな顔で睨みつけてくるお婆さん。
「ここの連中はいつもそんな眼で互いを品定めしてばかりじゃ」
私はちょっと慌てて
「いや、そういうことではなくて…… その、上手くいかない可能性も考えてしまって…… 以前、こちらの世界に呼び戻すことはできない、と言われましたし」
「必ずとは言えぬが、方策はあろう。正しき神々の力をもってすれば、さして難しいことではないやも知れん。それに物事には『機』と言うものがある。此度はその『機』が到来したが故の出来事やも知れぬ。」
お婆さんは
「見よ」
私は水盤を覗き込んだ。よく考えると水をかけてないのに水盤はまるで鏡のようにきらめいていた。
「
遠くから中世の騎士のようにも、ファンタジーの映画の戦士たちのようにも見える兵士が夕陽を浴びて整列しているのが見える。鎧なのかなキラキラと夕陽を反射してきれい。
「魔王ガルバゼスを討たんとするためじゃ」
さらに遠くには火山がありもうもうと蒸気が上がっている。
「じゃが、一筋縄ではいかぬであろう。奴は難物じゃ」
うわー、不安がつのる言い方しないでよー、と思い思わず聞き返す。
「難物?」
「それ以上は知らんでもええ」
ちっ。
「さて」
改めてお婆さんはこちらに顔を向けて言う。
「腹は決まったか」
正直まだ決まってない。だけど選択肢としては、お婆さんにこのアクセを渡す一択しかなさそうだ。だけどその後のことが全部人任せって言うのが一番の不安なんだよなあ。
「なんじゃ。胆の小さい奴じゃ」
「い、いやぁ、あ、あはははは……」
お婆さんは黙って右手を差し出した。
「ぬしが導き出した道じゃ。道が定まった以上もう後戻りは出来んぞ」
私はいよいよ心を決めて銀とエメラルドのアクセをお婆さんの右手に乗せた。
するとそれが銀色にゆっくりと光り出す。
「娘よ。よくぞ我欲を堪えたな。見事じゃ」
今は背中を見せているお婆さんも、銀と緑の光にゆっくりと飲み込まれようとしている。私はただ茫然とそれを眺めているしかなかった。きれいな光だった。
「最後にひとつ、古い古い話を聞かせてやろう。わしはあるものにはめられてこの世界へと飛ばされてきたのだ。この世界の時間にして何千年ここにいたかももう覚えてはおらぬ」
一呼吸おいてお婆さんは、いや、お婆さんに見えた誰かは話を続けた。
「わしをここへ流刑に処したもの、彼のものの名はゴーザ。我が夫じゃ」
「えっ」
そうか、この人は大昔に旦那さんに裏切られたんだ。だから「恋など下らぬ」、と言ったんだ。
「そして、硫黄と火山の神である」
「はい?」
いやちょっと待ったちょっと待った。神ってなにさ。夫が神ってなにさ。ってことはさあ、その神様の奥さんって。
「そして我が名はエクスウェラ。ベルエルシヴァールの大地母神である」
お婆さんの声がしわがれ語からきれいな女性の声に変わっていく。さすがにそこまで大きい話はにわかには信じがたい。驚きあきれた私の口はぽかーんと開いていたことだろう。
「
声が変わっていくだけではなかった。光に包まれたお婆さんの身長が次第に伸びていく。あれ? ところでなんで私の名前知ってるのかな?
「あなたの
愛のルーンって大切なものなのかな? きっとなくしちゃいけないものなんだろうな、愛って。うん。
「その恩に報いるために、私は必ずや奏汰さんをこの世界に送り還すよう努力します。大地と豊穣と調和と愛のルーンをつかさどる女神、エクスウェラの名において汝長栄遥香さんに誓約します」
光は眩しい閃光になり私は両腕で光を遮る。
「ありがとう」
両腕の隙間から、美しい女神の微笑む姿が一瞬見えたような気がした。
気が付くとそこには何もない、いつもの
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