碧月涙の誘いに耐え、涙す――
お婆さんは怖いくらい無表情で私のことを見ていた。
しばらくの沈黙ののちお婆さんは口を開く。
「としたら何とする」
いくつかの理由が頭に浮かび、それは一つの結論に繋がった。
私は黙って金銀と光るエメラルドでできたアクセサリーをお婆さんに差し出した。
「だとしたら、これはお婆さんが使うべきだと思います」
「なにゆえ」
探るような目つきのお婆さん。
「一つは、お婆さんがここにいるといつか魔物になってしまうからです。それってお婆さんとこの世界にとって良くないことです」
お婆さんは真っ暗闇の中表情を変えずに私の話を聞いている。
「もう一つは、私が向こうの世界に行くと、お婆さんが言った通り私まで魔物になってしまって、それは向こうの世界と私とにとって良くない。それに奏汰は苦しむだろうし、お婆さんはいつまた向こうの世界に還れるかわからないままここで暮らすことになる」
お婆さんはやはり無表情のままぽつりと呟く。
「ふむ。思ったより口は達者なようじゃな」
口!? せめて頭が回るくらい言って欲しかったわ! このばいやいやお年寄りは大切に。
「で、どうする。わし一人あちらへ戻ったとして主は」
「私には何もできません」
固く手を握りしめる。自分の無力さを痛感する。
「もし、向こうの世界に行ったら……そこで彼に会うことが出来たら、私が待ってるって言って下さい。ずっとずっと、いつまでも待」
鼻がつんとなって涙がこぼれてくる。悔しくて切なくて情けなくて惨めで。色んな思いが涙になって溢れてくる。笹の枯れ葉でいっぱいの地面にぱたぱたと涙がいくつかこぼれた。
腕でごしごし目を拭う。
言葉が出ない。出てこない。私はしばらく静かに嗚咽するしかなかった。
お婆さんは黙ってそこに立ってるだけだった。でも、いつもの嫌な感じじゃなかった。なんだかそっと見守られているような気がした。私落ち着くとお婆さんは静かに口を開いた。
「左様。わしはあちらの世界『ベルエルシヴァール』のものじゃ。当て推量とはいえよう分かったな。見事じゃ」
相変わらずの無表情さで、しかし物静かな中にも威厳のようなものを漂わせながらお婆さんは話す。
「そしてぬしの考えもまた間違ってはおらぬ」
お婆さんは言葉を続けたが、それはどこか強い決意を感じさせるものだった。
「わしが向こうへ行こう。そして彼奴をここへ送り還すために骨を折ってやる」
◆次回
ゴッラ荒野の会戦、魔王未だその姿を見せず――
公開未定
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