真実に慄(おのの)き、媼(おうな)の正体推当す――

 私がそのエル、なんだっけ、エルディナ? あれ? エディルナ?を持って呆然と立ち尽くしていると、


「やめとけ」


 お婆さんの声がする。


「え…… だ、だって、だって……」


「地獄を見るぞ」


 私はぞっとした。ということは今奏汰はその地獄を見ているということなの?


「じ、地獄……」


 なんだかさっきからちゃんと喋れない。夏の暑さからくるのとは違う汗がじっとりと肌を濡らす。


「ここに住む者はあそこではまず死ぬことはない。そうして何千年も歳を経るうちに変容し魔性を得るのじゃ。そして魂を腐らせ、ついには人ではなくなる」


「ひっ、人でなくなるってどういうことですかっ!」


 余りの恐ろしさに思わず大きな声が出る。


「狂気に侵され、怪物の姿となり果て、冥王の眷属となるのじゃ。そして世界を侵す」


 相変わらずの表情を崩さず、おばあさんは淡々と話していた。それが本当に恐ろしくて。


「嘘……」


 と呟くしかなかった。


 このままだと奏汰は帰れなくて。そうすると何千年も生き続けて、心は狂って肉体は怪物になる。


 そんなばかな話があるものか。なんかのマンガか映画ののパクリじゃないか。じゃなきゃこのおばあさんに騙されているとか。そう思うのが普通だと思うんだけど、今の私は全身総毛だって、真夏なのに寒さのあまりぶるっと震えた。


「ぬしが向こうへ行っても魔物が一体増えるだけの話で迷惑千万な話じゃ」


「防ぐ方法は…… 防ぐ方法はないんですかっ!」


 思わず叫ぶが、おばあさんは一向に気にしていない様子でそっけなく答える。


「ない」


「そんな……」


「あちらへ行って、ぬしの手でやつを屠るがせめてもの情けやも知れぬな。世のためにもなる」


「……」


 私は言葉が出なかった。私が、奏汰を、殺す……?


「まさか、そんな……」


 ようやく絞り出した声もかすれている。


「どうして、どうしてそんなことが分るんですか? 何で知ってるんですか?」


 お婆さんは黙ったままこちらを見ているだけだった。


「っ!」


 頭の中に稲光が走ったように、何かが閃く。


「お、お婆さんは…… お婆さん、は……」


 恐る恐る私は口にした。


「向こうの世界の人なんですか?」


 お婆さんは何も言わずに私を見ていた。



◆次回

 得体知れぬ凶禍(きょうか)の王、ガルバゼス――

 2020年11月7日 21:30 公開予定

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