銀と緑の蠱惑(こわく)。碧月涙(エディルナ)――

 紅蓮こうれん神社の神籬ひもろぎへと一目散で駆け付ける。自転車を止めると、肩で息をしながら大きな石の塊の元へ向かう。日も半ば落ち、薄暗い神社はヒグラシの声と竹藪のざわめきで満たされていた。


 ここに何かあるんじゃないか。ここで何かがあったんじゃないか。そんな予感が止まらない。


 だとするとそれはやはり奏汰かなたに関することに違いない。


 荒い息で神籬に目をやると特に何もないようだ。


 なんだ、何もないのか。


 でもこの予感は何だか普通じゃない。周囲を隈なく見回す。


 すると足元に緑色にきらっと光るものを感じた。身を屈めてみると銀色と緑色の何か。なんかのアクセ? とってもきれい。銀色をした絡まり合う細長い木の葉の中にエメラルドの様な緑色の大きな宝石が入っている。そのエメラルドが時折微かにきらっ、きらっ、と小さく光っている。


 ん、でもエメラルドって自分から光らないよね。


 これって誰かの落とし物じゃなくて、もしかしてもしかすると「あっちの世界」のものなんじゃない?


 でもどうしてここにあるんだろ。


 神籬を通して奏汰が置いて行ったのかな。

 だとしたら、私の為? これは私への贈り物? この間色々あげたお礼なんだろうか。だとしたら奏汰、あっちで上手くいっているってこと? なんだかすごく物騒な世界みたいなんだけど。


 じゃあこれ貰っちゃっていいのかな? 警察に届けなくてもいいよね。


「何やら面妖な気配がすると思えば、あちらから何ぞ送り込まれてきたようじゃの」


 背後で聞き覚えのある声がして、ぎょっとした。


「!」


 驚いて振り向くと私のすぐ背後にあのお婆さんがいた。


「あ、あの」


 もう真っ暗闇に近いのに、お婆さんの表情は何故かよくわかる。いつものように不機嫌そうな顔。


「ほれ、見してみい」


 私は黙ってこの銀とエメラルドのペンダントを見せた。


 お婆さんは何も言わずそれを眺めている。


 初めて見た。このお婆さんが不機嫌そうな顔以外をしているのを。それは目を丸くして驚いている表情。ごくりと喉を鳴らす音が聞こえるくらい喉が動いた。


「あの、これってなんなんでしょう……ね」


 お婆さんは驚きの表情も変えず小さな声で呟いた。


「魔装具じゃ。転送具、碧月涙エディルナ


「転送具? エ……ディルナ?」


「ぬしが惚れこんどる男をあちらへ送り込んだ張本人じゃ」


「えっ!」


 今度は私が言葉を失う番だった。誰がどうしてこれをここに、だなんて考える余裕はなかった。これを使えば「向こう」、お婆さんが言うベルエルシヴァールへ行く事が出来る。


 私、行けるんだ! 奏汰のところへ!


◆次回

 謀(はかりごと)に手を染めたれば、後悔の念治まる事を知らず――

 2020年11月5日 21;30 公開予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る