アレンダの会戦、一騎打ち――

 ここ数ヶ月僕たちは執拗なゲリラ戦を続けた。

 人間以外は自分たちの隠れ里に籠りその周囲の敵を掃討し、人間側も僅かながら版図を広げた。アステアナは大軍をもってそんな人間たちの小さな占領地や拠点を襲ったが、そこは常にもぬけの殻で、すぐにまた違う場所で人間の勢力範囲が生まれるのだった。そしてその敵の掃討部隊は必ず奇襲を受け、僅かながらも損害を受けた。

 結局巧妙に隠された隠れ里は一つとしてアステアナに見つかることがなかった。


 ここで僕たちは決起する。ようやくかき集めた人間、エルフ、ドワーフを主体にした僅か一万二千程度の軍勢で、小さな山城のドルク城を占領した。これはドワーフのザスカの氏族がかつて支配していた城で、ザスカはここの構造や抜け穴に熟知していたのだ。


 他の同盟軍の掃討に戦力を割かれていたため、アステアナは多くの軍勢をすぐには集められなかったが、それでも七万を超える兵を集め、ドルク城へ強行軍をさせ急行させた。それでも七万対一万二千は厳しい戦いを予想させた。


 敵軍が到着すると、城壁に立った僕は右腕が健在である事と、僕たちの七同盟(人間・旧き民・エルフ・ドワーフ・小さき人々・亜龍・大鷲)もまたいまだ健在である事を知らしめる。

 また、この程度の軍勢であれば同盟軍だけで容易たやすく一掃できる、とみせつけるために僕は一切手を出さなかった。

 ザスカは自身の氏族、オーゴ山嶺さんれいの一族を通じて、闇の軍勢への復讐心を大いに煽った。その上で多大な出血を強いながらも自分たちの手でドルク城を占領してみせ、更なる勝利の可能性を同族に見せつけたのだ。これによっていくつかのドワーフの氏族が地下道を通り我々同盟軍に合流する。


 闇の軍勢がドルク城前に陣を張ったその夜、連戦をいとわず狂騒状態となったドワーフたち僅か八千が特有の「ドゥー!ベイ!ガー!(※)」と大地も割れんばかりのときの声を上げ夜襲を仕掛ける。これに端を発した夜戦で敵軍は壊滅。朝にはふた目と見られない惨状が拡がっていた。

 だが、ドワーフたちも五百も生き残らなかった。


 この敗戦に激高し、自分の手で僕を殺さない限り戦力をり潰すだけだと考えたのか、アステアナは大軍を率いていともあっさりと「くらほのお絶えぬ城塞」から姿を現した。その数およそ五十一万。


 僕たちは敢えて城外の両側面を断崖に囲まれた険しい地形のアレンダ荒野に陣を構える。アステアナ軍もここに陣を張らざるを得ないように。


 ここからが本番だ。


 アステアナは陽光に耐えられない闇の軍勢を動かすために、ぶ厚い雲を張り巡らせねばならない。これを利用することを僕は思いついた。


 雲のある空間を魔法で冷やすことで雨を降らせる。


くらほのお絶えぬ城塞」から飛ばされてきた雲はすすで真っ黒なため、その雲から降り注ぐ雨もどろどろだった。


 ひどい泥濘に覆われた荒れ地で身動きが取れなくなった五十一万の軍勢はあまりにも密集していてあまりにも広範囲に広がり全く身動きが取れなくなってしまった。


 大鷲たちが翼竜の目をかいくぐり、雲の上からその鋭い眼を使ってアステアナの位置を探る。


 チェルが真っ赤な龍の翼を広げると、僕はチェルの背に乗り、アステアナの元へ飛んだ。

 そう、僕一人が織田軍。単身で、義元ならぬアステアナに挑む。誰も巻き込んだり犠牲にしたくないから。それに“探索者”グラースルや亜龍チェル、旧き民のアルノディンであってもアステアナには敵わないだろう。


 同時に戦の火ぶたが切って落とされた。エルフと旧き民はあらかじめ用意された大量の長弓で兵士たちと共に身動きの取れない敵軍をつるべ打ちにする。小さき人の二人も懸命になって短弓や投石紐を操っている。弓の使えないザスカは異種族の前ではめったに使用しない五連装の大筒で榴弾を撃ったり、小さき人のエルとエナに投石紐用の手投げ弾を渡すなどしていた。“探索者”グラースルは戦場のいたるところに雷を落とし敵を次々に吹き飛ばしていく。アフェラス六国王陛下はたっての希望で最前線に立ち同盟軍を指揮する。

 戦場を選んだおかげで彼らはかつてないほど効率的に戦闘が出来ていた。


 チェルに乗って大鷲の指示通りの場所に辿り着くとそこには間違いなくアステアナがいた。猛烈なオーラを感じる。死と闇と恐怖と混沌と虚無のオーラ。


 これが僕と同じだったなんて。


 僕もいずれは……


 一瞬気持ちが怯む。が、すぐに思い直すと、チェルから飛び降りる。チェルには僕に加勢するなど余計な事は一切せずにすぐに帰るように強く言いきかせ、聖剣オルティアと神剣アルクレストをすらりと抜いた。

 真っ赤な唇しかない緑の顔、焔の髪やたてがみ、蜘蛛の下半身といった姿のアステアナ。これをどうやって人間と呼べようか。


 岩さえも燃やす真っ赤な光を発する目が彫られた鈍色にびいろの丸盾と、肉厚な片刃の曲刀、黒焔剣ゾグを振るうアステアナはやはり恐るべき手練れで、戦いは延々と続いた。


 四、五時間はやりあっていただろうか、ついにアステアナの赤い光線をかいくぐり、振り下ろされた黒焔剣ゾグを何とか左手の神剣アルクレストで受ける。聖剣オルティアをやつの左胸に突き立てた。新たな力を得た右腕のありったけの力で突き刺す。


 鼓膜が破れそうなどころではない。全身、いや大地すら震動するような絶叫を上げアステアナは倒れた。


 倒した。

 

 遂に倒した。


 放心状態でいると、あちこちから喚き声、呻き声、悲鳴、怒号、叫泣き、といった声が聞こえだした。アステアナの魔力で無理矢理に戦わされていたオークやゴブリン、コボルドたちが我に返って逃げ出し始めたのだろう。


 神剣アルクレストを鞘に納め、聖剣オルティアを杖にして立っていると、ゆっくりと雲が晴れてきた。


 午後の穏やかな日差しが僕を照らしてくれている。


 だが。


 僕の足元に一つの魔装具が落ちていた。戦っていた時にアステアナの首から落ちたのだろう


 銀とミスリルと黄金でできた、絡まる柳の葉の意匠に翠玉エメラルドをはめ込んだペンダント。


 碧月涙エディルナだった。


▼用語

※ドゥー・ベイ・ガー!:

 戦におけるドワーフの鬨の声。暗黒の敵に対してつかわれる。意味はドワーフ古語で「始祖の敵を討たん」だと言われている。


◆次回

 胸を刺す逢えぬ苦しみ、誘(いざな)いの予感――

 2020年11月2日 21:30 公開予定

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