異境に思いを寄せ現世を忘れる、夏も去り行く――
夏休み。
あいつのいない夏休み。
私は何にも身が入らなかった。部活の合宿も理由をつけて休む。三人組と泊まりで自然の家に行ってキャンプやバーベキューする話も断った。家族旅行の日は仮病を使って留守番をしてた。
とにかく自分だけ置いて行かれたような、寂しさや情けなさや苛立ちがずっと頭の中でぐるぐるしていた。
家や図書館で一人宿題をして、レオナルディでジンジャーエールだけ買って、いつもの河原か、いつも誰もいない
もしかして、と思ったけれど神籬の水盤に水をかけてももう何の反応はなかった。何度やっても水は空しくこぼれるばかりだった。癇癪を起して思い切り蹴飛ばしても痛いだけだった。
逢いたいよ……
私はいつの間にか神籬に寄りかかって寝ていた。その間泣いていたみたいだ。起きた時涙を流してるのに気づいたから。
すっかり暗くなってて足元もよく見えない。いやそんなレベルじゃない。真っ暗だ。これ真っ暗闇だよ。どうしたんだろう。また何か起きるのかな。
「好いておるのか」
「ひっ!」
いきなり隣でしわがれた声がするのでびくっとなる。でも聞いたことある声。
声の主はあの変わった着物を着たお婆さんだった。座った私のかたわらで立って見下ろしている。
「えっ…… あの……」
好いて……ってきっとかなすけのことを言ってるんだよな。
「えっと、あの、好きって言うか、なんて言えばいいのかその……」
「好いとるならそうと言えばよいだけじゃ、たわけ」
ねえなんでいつもいつもたわけって言われるかな。私そんなアホ?
「あ、はい。うん。好き……だと思います」
「思います、じゃと?」
お婆さんがくわっと目を見開いた。
「あ、ああいやいや! す、すっ、好き、です」
「ふんっ」
「あ、でもなんでそんなこと」
「ぬしは知らんでも良いっ」
「はっ、はいっ!」
やっぱり怖いよこのお婆さん。すごい迫力がある。
お婆さんはゆっくりと私のいる場所から歩み去ろうとする。怖いけど、あと少しなんでもいいから何か話してみたい。このお婆さん、きっと何か知ってる。
「あ、あの」
お婆さんはこちらにちょっとだけ顔を向けた。
「恋など下らぬわ」
「えっ」
「彼奴に会いたければそうしてまめにここへ来るしかないの。いい心がけじゃ。そのうち良い便りがあるやも知れぬ」
「は、はあ」
「が、ないやも知れぬ」
「う、うう……」
「精々骨を折るしかないわ。楽すると思うな」
「は、はい」
そうしてそのままお婆さんは暗闇の中へ歩み去っていった。気が付くといつもの神籬の横に私一人がポツンと腰かけてるだけだった。
虫の音が響く。
そう。あいつがいないまま、もう夏も終わろうとする気配が漂い始めていた。
◆次回
決戦近し、戦備え――
2020年10月30日 21:30 公開予定
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