再び異境との端境に立つ、神籬(ひもろぎ)――

 はっ、と目が覚めると私は竹藪とどこかのお宅の境にあるブロック塀に寄りかかって座っていた。

 起き上がってスマホの懐中電灯で見てみると神籬ひもろぎの裏手にあったこの竹林は、実のところたった四~五メートルしかない。でも別段驚きはしない。もっと驚くものを見て来たから。あっちの世界にいた時の感覚が抜けない。大きな二つの月、満天の星空、眼の怪物、そして腕を失くした彼、かなすけ ……奏汰かなた



 その日はそのまま帰宅して普通に、ごく普通にしてた。でもるっちとLIMEしてても全然気が乗らなかったな。違う事考えてて。


 で、翌日。一限目の休み。

 私はたけやんのクラスに行って桶狭間の戦いの資料が欲しいって言った。ドラマとか小説の中での話じゃなく、本当の事が書いてあって信長がどうやって勝ったのかがはっきり判るものが欲しい、って。

 そしたらたけやんすごく困った顔をしちゃった。

 桶狭間の戦い。その名は日本でもほとんどの人が知っているであろう合戦。ところが、有名であるからなのか、ほとんどの点について統一見解がないと言う。具体的に何がどうとかたけやんは説明してくれたんだけれど、とりあえずそれは置いとく。ごめん、正直言ってよくわかんなかった。


 いやしかし、それ私すっごく困るんですけど。それじゃあ奏汰死んじゃうかもしんないじゃん! 


 仕方がないので、その諸説とやらで最もありそうな説を集めてレポートを提出するよう宿題を出した。期限は一日。うん、我ながら鬼。


 たけやんは激しく抵抗しようと試みたものの、数Iの宿題を全部見てやっている事実を突きつけると途端におとなしくなった。


 たけやんに桶狭間の戦いの資料は任せるとして、私はその他の物を買いにスーパーへ。差し入れみたいなものかな。


 買い物を済ませたあとは河原まで寄り道。土手に座って気が付いたことがあった。そうだあれを買っておこう。喜んでくれるかも。これで元気出してくれるといいな。やっぱりすごく疲れてるみたいだったし。私のできることをしてあげたい。あの不思議な世界で絶対苦労してる。片手まで失くして。

 そう考えるとすごくかわいそうで、すごく不安になった。かなすけ、帰ってこれるのかな。




 翌日の放課後。渋い顔のたけやんからレポート用紙4枚のレポート提出を受ける。おー、色々な説を分かりやすくまとめてあって大変によろしい。とたけやんをほめてやった。

 たけやんはなぜこんなものが必要なのか知りたかったみたいだけど、私はそれを知られたくないんだ、っていう空気を読んでくれたみたい。

 

 放課後、ぱんぱんのエコバッグとレポートを持って駅前までちょっと寄り道。さらにそこから紅蓮こうれん神社に向かう。またもや汗だく。

 全身に冷却スプレーをかけてほっと一息つくと神社の裏手に向かう。


 どうすればいいかは分からなかったけど、多分あそこに行けば何とかなる。


 神社裏手の奥、竹藪に囲まれた神籬ひもろぎに。


 でも、いざその場についてみるとやっぱりどうしたらいいか分からない。


 途方に暮れていると背後から声がしてぎょっとした。


「なすべきことを見出だしたか」


 振り返るとあの時見た小さなお婆さんだった。やはり機嫌が悪そうな顔をしている。


「いや、見つけたって言うかなんて言うか……」


「これも渡してやれ」


「は、はい…… あの、これは」


 手渡されたのは、手のひらに乗るほど大きさで骸骨の右腕部分のおもちゃに見えるものだった。でもなんか妙にリアルでグロい。


「火喰鳥にはなき竜骨(※)より削り出した秘具じゃ」


「あの、これって何にどうやって使うんですか」


「左様なことぬしが知るべきことではないわ、たわけ」


 また「たわけ」って言われた…… それにしてもこのお婆さん、色々知っているようで謎だよね。この不思議な骨のミニチュアを眺めていると、お婆さんが不機嫌そうな声を出した。


「早ようせい。待ち望んでおるはずじゃ。とっとと行かんか」


 呼び止めたの、お婆さんの方じゃん。


 振り返って神籬ひもろぎの方へ歩みを進める。一応お婆さんにお礼を言った方がいいのかなと振り返るとそこにはもう誰もいなかった。


 私一人で神籬ひもろぎの前に立つ。周りの竹藪にはこの間のようなけもの道はない。なら、やはりこれが境で出入り口なんだ。


 どうすれば奏汰のいるところと繋がるんだろうと首をひねるうちに思い出した。水をかけてたよね。丸い大きな窪みに。


 私は手水舎ちょうずやまで駆けていく。空のペットボトルに水を詰めて、その水を神籬ひもろぎの丸い窪みにかける。よおく観察してみる。間違いない。水は滴ることなく窪みの中に張り付くように溜まっていた。ペットボトルの水を注ぎきるとちょうど窪み全体が水で満たされる。


 そろそろ夕方、日も傾き始め宵闇が空気を支配し始める。気温も少し下がって来たようで少し涼しい。


 この間目玉のお化けを覗いてみたように、ここから「向こう側」を覗けるかな。さすがにちょっと怖いので、ひたひたと水を湛える窪みを横から覗き込んで目を凝らす。



 そこには満天の星空と二つの月と奇妙な形の天の川がくっきりと見えた。



▼用語

※火喰鳥にはなき竜骨:

 オーストラリア大陸、ニューギニア島、タスマニア島、ヤペン島に生息するヒクイドリは平胸類、走鳥類、走禽類と呼ばれる。その特徴の一つとして突起がないことが挙げられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る