か黒き眼に見据えられたれば、昏き御座(みくら)の虜囚(とりこ)とならん ――焔滅妃(えんめつき)アステアナ
しまった!
アステアナが
僕は目の前にいるこの誰だか分ったような分からないような女子の腕を掴もうとしたが、手は空を切るばかりで掴めない。それなら、と
そうだ。彼女に水があるか聞いたところ、バッグからほとんど飲んでいないミネラルウォーターの500mlペットボトルを出してくれた。“富士五胡銘水”とラベルに書いてある。
その水を門の中央の窪みにかける。するとその窪みに水が溜まってゆき、最後には重力を無視して直径20cm、深さ3~4cmの窪みいっぱいに水を湛える。ゆらゆらした鏡の様も見える丸い窪みは安全な窓として使える。これを通してもアステアナの眼がはっきり見えた。およそ生き物とは思えない狂気に彩られた眼。
アステアナは圧倒的に有利な状況にあるので、わざわざ遠見の力を使うとは思いもよらなかった。
遠見の力を使う奴の狙いは何だ。今更僕の居場所を探ることに意味があるのか。
違うか。違うよな。僕はかたわらの彼女を見た。彼女もじっとこっちを見ている、ように見える。アステアナの狙いはやはり彼女なのか。奴にとって彼女は大きな脅威なのかも知れない。だからこそ遠見の力で彼女を探していた。
でも彼女は完全にはこの世界に入り込めないようだし、そこも不思議なところだ。
ここで、さっき言いかけていたことを手早く彼女に伝える。桶狭間の合戦について分かる本があれば何でもいいから欲しい。なるべく少ない量で正確なものを。
彼女も判ってくれたようで大きく頷く。
彼女を元の世界に返してあげようとしたところ、頭も手も思いっ切り振って拒否する。でもこの状態では彼女は何もできないしなあ。むしろ元の世界で色々集めてくれる方が助かる。と言ったら分ってもらえた。それに僕には八人の頼もしい仲間がいるんだ。だから大丈夫だよ、って。腕の事だって何とかなるから心配しないで、と安心させるように言ってきかせた。
なんだかかんだで気になっちゃうんだよねこの子。
でも、ここで還戻術を使ったらその輝きで必ずアステアナに僕の存在は気付かれる。いや、構うもんか。あんな奴には負けない。僕は負けない。彼女だってきちんと送り返してあげる。もう異世界人は要らないんだって
彼女を
神々の約定により、お前ら闇の
夜空に浮かぶアステアナの目が、文字通り目を剥く。案の定興味を引く話のようだ。
さらに意思の力で彼女に言葉を投げつける。僕は絶対にお前には殺されない事。逆に死ぬのはお前である事。そのためにもう打つ手は打ってあり、お前の死は確実になった事。最後には哀れみの言葉すら投げかけてやった。
これで奴の眼は完全に僕に向いただろう。彼女に気付くことはない。僕は
僕にとっても目に突き刺さる様な
ほっとしたのも束の間、今度は何とも言えない寂しさに襲われる。もう二度と会えないと決まったわけじゃないさ、って自分で自分を慰める。
ゆっくりと日が昇ろうとしていた。さて、僕も戻ろう。仲間たちのところへ。
気づくと八人の仲間たちが森を抜けて僕の方へやってくる。チェルなんか半泣きだ。僕はみんなに向かって大きく左手を振った。
そうだ、彼らがいる限り僕は倒れたりしない、敗れたりしない、絶対に。
僕は大きく振っていた左手を下ろすと
次回
第八話|正論、反論、異論、諸説あれば、真(まこと)など何処(いずこ)にも在りはしない――
2020年9月 公開予定
2020年10月29日 加筆修正をしました。
2021年3月22日 誤字を訂正しました。
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