決して届かざる地に佇む、混迷の地――

 左側の遠く、と言ってもマリンスタジアムのバックスクリーンくらいの距離から何かが動いているのが見えた。


 それはたぶん走ってくる人間で、しかも結構速い。多分陸上県大会記録を上回る速さで息も切らさず走ってくる。必死に走ってくる。


 ふ、と何かを思い出した。


 あれは


 明るすぎるくらいの月明かりに照らされたその人影は、汗ひとつかかず私の目の前までやって来たその人は、男の人で、見た事のある背格好で。


 そうだ


 間違いない


 かなすけ!


 そうだよ奏汰かなただ! 奏汰かなただよ!


 頭の中で今まで思い出せなかったことが一気に爆発したかのように降って湧いてくる。クラスが一緒だったこと、去年10,000mで県大会に出た事。意外と成績がいい事。せ、せ、先月、アクシデントでおでこにちゅーされる感じなりそうになった事。


 かなすけが目の前に来た。ヤバい私ちょっと泣いてるかも。感極まって勢いが止まらなくて思いっ切りしがみ付いた。

 だけど私の手も身体もスカッとかなすけの身体を通り抜けて、みっともなく地面に倒れた。どしゃぁ、って感じで。だっせー。


 屈みこんだ彼が「君、大丈夫?」って聞いてきたけど私は痛みを堪えて頷くばかり。大丈夫? ってなんだかすっごくばかにされた感じでちょっと悔しい。


 屈んだ奏汰を見て気づいた。

 奏汰の右腕がない。


「えっ、どっ! どうしたのそれっ!」って大きな声を出してしまったけどよく聞こえてないみたい。私が指差すとやっとそれに気づいたみたいで、苦笑いをする。「ああ、ちょっとしくじっちゃってさ、まあ二週間あれば治るみたいなんだけど」


 に、二週間?! 腕が無くなっちゃったのに二週間で治るの?!


 それにここはどこなんだろう。私からいくら喋りかけても奏汰には聞こえないし、私が誰だかも判らない。とてももどかしくて、また悔しさがつのる。


 私が起き上がると、この石の「神籬ひもろぎ」のかたわらで私たちは立ち話を続けた。と言っても奏汰が喋るばかりで私は頷くか頭を振るしかなかったんだけど。


 それによるとこの世界は「ベルエルシヴァール」。美しく調和の取れた世界だったけど、それを妬んだり食らい尽くそうとする神々によって滅ぼされようとしているんだって。

 ん? なんかそーいうゲームってあるよねいっぱい。ん? ゲーム? これって何かVRなゲームか何かなの?

 でもゲームじゃなくて現実なんだって。この地球と同じように、宇宙の、次元のどこかにある本当の世界なんだって。そして、奏汰はそこの世界の神様から呼ばれて、いや、無理やり連れて来られて、今はここにいる。と。


 すると「そうだ」と奏汰は何かひらめいた顔を見せた。「君にお願いしたい事が――」



 すると突然「ギュワーッ!」って、石と石、鉄板と鉄板、黒板とチョークが擦れ合う音が入り混じったような最悪な音が空からした。


 一瞬身をすくめた私たちは、その音のした方を見る。


 星空に月の五倍ぐらいの大きさの巨大な眼が浮かんでどこか遠くを凝視していた。


 私は思わず小さな叫び声をあげる。


 赤と黒の炎をまとった深紅の瞳を持つ眼は私の声に気付いたのか、ゆっくりとこちらを向こうとしている。


 まさか、私を、探してるの?!



次回

第七話|か黒き眼に見据えられたれば、昏き御座(みくら)の虜囚(とりこ)とならん ――焔滅妃(えんめつき)アステアナ

2020年9月6日21:30公開予定

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