夢現(ゆめうつつ)の微睡(まどろみ)から覚めぬ夜。敗走 ――

 人間、エルフ、ドワーフ、そして小さき人からなる最初で最後の連合軍十七万六千は、焔滅妃えんめつきアステアナのオーク、ゴブリン、コボルド、ワーグ、トロウル、闇に染まった民、そしてゴスモグの軍勢九十八万の前にひねり潰された。

 蹂躙された我が軍は散り散りになり、生き残りの数すら分からないまま敵の各個撃破を待つだけになっている。


 ふるき民、エルフ、ドワーフ、“探求者”、小さき人二人、六国王陛下、亜龍ありゅうの民そして僕の九人はこれからどうするかについて小さな洞穴で額を寄せ合い協議した。もっとも小さき人の二人はすやすや寝ているだけだったが。


 結局何の結論も出ないまま残存兵を探してみようという事になった。そして今は皆泥のように寝ている。焚火番をするはずだった亜龍の民のチェルまで眠りこけているので仕方なくこうして僕が火の番をしている。

 深い森の夜気が気持ちいい。こうして火を眺めていると心も少しは落ち着いてくる。


 ここにいる八人はいずれ劣らぬ一騎当千の強者だ。だがそれでも限界と言うものはある。ほぼ不死と言っていい僕だって、この決戦ではおよそ十二万の敵をなぎ倒したところで全身がバラバラになるほどの疲労に襲われ身体が動かなくなった。実際右腕を失った。治癒魔法をきちんと使えばふた月でこの腕も元に戻るが、今はそんな余裕はない。

 死のリスクが普通にある仲間たちなら尚更だ。絶対に彼らを犠牲にする訳にはいかない。そのために僕はここにいるんだから。


 どうすれば勝てるか、僕は疲れた頭を巡らす。


 短時間で、寡兵で、最大効率を得るには。


 敵の軍勢は絶望的な規模と破壊力を持っているだけではない。人間の軍勢と違い、焔滅妃えんめつきアステアナの魔術と恐怖によってのみ統御とうぎょされている。そこがこの軍勢の恐ろしいところでもあり最大の弱点でもある。

 彼女が指揮を誤らない(もっとも、誤ってもそれを挽回するのに充分な兵力を持っているのだが)限りは、闇の軍勢はシンプルな指揮系統による素早い展開が可能だ。これは兵力以上の脅威となる。ならばこの軍勢の重心はアステアナに他ならない。


 寡兵による勝利の代表格。典型的な戦、それは…… 桶狭間の合戦。


 でいいのかな?


 アステアナが「くらほのお絶えぬ城塞」にいる限り僕たちは奴に近づく事すら出来ない。だから、そこから奴が姿を現したところで直接叩く。


 ではどうやって彼女をあの鉄壁の要塞から引きずり出すか。


 一つは絶え間ないゲリラ戦で相手の一方的損失を強いて激発げきはつさせるか。


 そしてもう一つ。


 アステアナやゴズモグ王、そして魔王と冥王の手に依らないと僕は事を彼女にだけ知らしめるか。そうすれば強欲神オグノムの烙印を押されているアステアナは、功を独り占めしようと自ら出陣するだろう。


 いずれにしても厳しい戦いになりそうだ。僕は痛む右腕の幻肢に顔を歪めながら一人思う。


 ただ、僕は歴史に詳しいわけじゃないから桶狭間の戦いって具体的にどんな戦いだったかよく分らないんだ。歴史が好きなたけやんなら詳しかったのかも知れないけれど。困った。ウィキレベルの情報で充分なんで誰か教えてくれないかな。


 まあ、もう会えないんだけど。


 そうだよな…… たけやんやるっちやさごだけじゃない。つまりやっぱりあいつにももう会えないってことなんだよな。これが一番キツい。切断された腕の痛みとは違った胸の痛みがキツい。

 会いたい。せめて最後に挨拶でもできていればな。


 木に背中を預けぼんやりと思う。少し熱でもあるのか、少し頭がはっきりしないし眠い。そしてとにかく疲れた。あの夕暮れの放課後の自転車置き場に戻りたい。今頃はこんな気持ちのいい風が吹いてたよな。いつの間にか僕は起きているのか夢を見ているのか分からなくなっていた。ここがどこなのかも忘れて。



 その時ペンダントが、エルフと旧き民が銀とミスリルと黄金と原初の翠玉エメラルドを加工して作ったペンダントが蒼と金の光を発する。その燦然たる輝きに僕はしばし言葉も出ない。


 これこそが僕をこの世界へ引きずり込んだ元凶の魔装具。碧月涙エディルナ



2020年9月2日 加筆修正しました。

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