もどかしい夕暮れ、待人来らず ――
あの日から何かが変わった。信じられないことに誰もそれに気付いていない。
放課後の部活を終えての駐輪場。夏にもなると日陰で風通しのいいそこで、みんなが私を待っている毎日。私の部活がいつも一番遅くに終わるから。
待ってるのは、たけやん、るっち、さご、そしてあともう一人。
あと一人。
誰なんだろう。
そのあと一人が誰なのか気になって仕方がない。
三人に訊いても、ポカンとして私の言う事さえ理解できなかったみたい。「お前、だいじょぶか?」ってさごには半分真顔で返されてムカつく。さごのクセに。
帰りがけに三人と別れたあと、自転車で少し寄り道したりしたんだよね、その「あと一人」と。うっすら覚えてる。風の気持ちいい河原とか竹林に囲まれたお社とか、ちょっと冒険してレオナルディとか。
もう一つ思い出した。彼、そこで絶対必ずジンジャーエール買って飲んでた。コーラとかコーヒーの香りは苦手だって言ってたような気がする。だから、私も付き合ってジンジャーエールを頼むんだ。
彼? そうか、「もう一人」って彼、男子なんだ。すっかり忘れてた。
彼。そう、彼だ。たけやんが言ってた。「あいつ絶対お前に気があるぞ」って。るっちもうんうんと頷いてた。さごだけが「そぉかぁ?」なんて間の抜けた声出してたけど。
だよね。そうだよね。うん。ホントは知ってた。
ここで君と良くいた河原で水切りしながら頭を巡らすと、だんだん思い出してくる。夕方になると風が気持ちいいんだここ。
ぴぴぴぴっ、と四回水を切った石がぽちょんと沈む。自己最高。
だってさ、保育園からずっと一緒の学校通ってたんだよ。クラスだってしょっちゅう一緒で家も近いから登下校もほぼ一緒で。
たけやんの話のあと、二人で下校する時の事。君が何か言いたそうにしていたのが分かった。何を言いたそうなのかも分ったし、とっとと言って欲しいな、とも思ったんだけど、妙な沈黙が続いたままレオナルディに流れて結局いつも通りにジンジャーエール飲んでだべって終わった。
「お前ジンジャーエールほんと好きな」
って言われたけど、うっさい、それあんたのせいだから。
その翌日から私は不思議な違和感に襲われている。何かが、誰かが欠けている喪失感に襲われている。
二週間もの間ずっと考えて、思い出そうとして、ようやくここまで思い出した。
なぜ誰も君のことを覚えていないのか。君はどこに行ったのか。君は今何をしているのか。何もかもが分からない。調べようもない。だって彼の事を知っている人はもう私しかいないんだから。
「ふっ!」
腕に力が入る。私が投げた石はカーブを描きながら七回跳ねて川底に沈んだ。
悔しい。悔しいよ。だって私、君の名前も顔も思い出せないんだよ。
告白さえ受けてないんだよ。
そしてそれに応えてもいないんだよ。
だけど覚えてる。好きな気持ちを。一緒にジンジャーエールを飲んでたあの時の気持ちが。るっちや美歌ちゃんたちとだべってる時とは全然違う気持ち。
だから、早く還って来てこんどはちゃんと告白して。
でないと私から探しに行っちゃうから。
「くっそ」
思い切り振り抜いたサイドスローから放たれた石はそのままどぷん、と音を立てて川底へ沈んでいった。
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