第66話 韓国のお嬢様
きっかけは、イタリア踏破兼リタとカルロスの結婚のお祝いだった。
失恋からは立ち直っているように見えた采真だったが、テーブルにあったチヂミを見て、ポツンと言った。
「次は韓国に行こう」
「まあ、いいけど」
ジェラート買って帰らないとな。柏木さんのところと伯父さんのところと采真のおばさんのところもいるな。
種類何にしよう。バニラ、チョコ、ベリー、ピスタチオ、ヘーゼルナッツ、マンゴーあたりかな。
「なあ、鳴海、聞いてる?」
「はいはい。聞いてる。いいぜ、韓国で。
いいよなあ。美味しい物も楽しみだ。韓流ドラマなんてのも流行ったな」
「そうそう。うちのオカンも毎日見てたぜ。それで俺も、医者のやつと検事のやつは見てた」
「よし。じゃあ、次は韓国で決まりだな」
「ああ。やっぱり同じアジア圏の女の子の方が、分かり合えると思うしな」
俺達が次を決めるのなんて、所詮、こんな程度だ。
人の多い街中に立ち、見回してみる。
一見すると、韓国人なのか日本人なのかわからない。ヨーロッパでの、完全なよそ者感とは違う。
「あ!あれ、テレビで見た事ある!
おお!美味そう」
「落ち着け、采真。まずはする事をして、荷物を置いてから出かけよう」
俺は何とか采真を引っ張って、協会を目指した。ソウル郊外に韓国の迷宮はあり、その近くに協会はある。
かわいい窓口の女の子に采真がテンション高めになった以外には問題もなく、許可証を発行してもらい、ついでにアパートを借りたい旨を告げた。
協会と提携している不動産業者を紹介され、すぐ近くにあるという店舗に行った。
担当の社員が待ち構えており、希望を訊くので、
「女の啜り泣きが聞こえない所」
と言ったら、冗談だと思われたらしい。
「では行きましょうか」
と、選んだ3カ所を見に行く事になった。
「ここは、大企業の御身内の方や、探索者の中でもトップの方が入居していらっしゃいますよ。
まあ、ついでにご覧になりませんか」
あわよくばという思いがあるのか、通りすがりの建物へ入って行く。
俺達も、見るだけ見て見るかと、見学してみる事にした。
「ホテルみたいだな」
大理石調のエントランスホールにはカウンターがあり、コンシェルジュが控えていた。そして、その前を通って廊下を進むとエレベーターがあり、それで最上階へ上る。
「最上階は4戸しかなく、1戸の床面積が広くとってあります。プライバシーにも騒音にもセキュリティーにも配慮がなされた最高のお部屋となっておりますよ」
軽やかな音を立てて扉が開くと、赤い絨毯が敷かれた廊下があり、左右にドアが4つ、互い違いになるように配置されていた。
そして、その廊下の真ん中で、男1人と女2人がケンカしていた。
「なんなのよ、この女!」
「ドユンの恋人だけど?あなたこそ何よ」
「私はドユンのフィアンセよ!離れなさいよ!」
「ああ!?叩いたわね!?この!」
「ぎゃあ!この泥棒ネコ!」
「2人共、ちょっと落ち着いて。手は出さない!」
女2人が掴み合いのケンカをし、それを男が止めようと慌てているのを、俺達は眺めた。
「騒音に配慮?」
思わず呟いたので社員はハッとしたらしい。
「お、お嬢様!」
とすっ飛んで行った。
どうも、フィアンセという女が、この不動産屋の社長の娘らしい。
「お嬢様?」
采真が眉を寄せるのに、
「ナッツ姫とかもいるし。ほら、ナッツの出し方にキレて飛行機を戻させたとかいう」
と言うと、采真は、ああ、と納得した。
俺達がそんな話をしている間に、どうやらケンカは一時中断したらしい。
「すみません、どうも」
「いえいえ。
じゃあ、次に行きましょうか」
「え!?ここを是非!日本に続いてイタリアも初踏破した、間違いなくトップの探索者様にふさわしい部屋でございますので!」
やはり、見せればその気になるかと思っていたらしい。
「いやあ、俺達2人だし、家は日本にあるからここは単に韓国にいる間の休憩所みたいなもんだし。なあ、鳴海」
「はい。ですので言った通り、ゲートに近くて、2部屋あって、鍵がかかればいいので、そういう、駆け出し程度の使う部屋で十分なんですよ」
社員は見た目にもわかるくらいがっかりして、
「わかりました。では、ご案内いたします」
と言った。
俺達は何となく目が合ったので、奥の男と黙礼をかわし、フィアンセにはなぜかジッと凝視され、またエレベーターに乗った。
まあ、気にはなったが、もう会う事もないだろう。
と思ったのは、甘かったと思い知る事になろうとは……。
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