第67話 訳あり物件

 韓国の賃貸の方法は、保証金プラス家賃で、保証金は退去時に返って来るというやり方が今は多いそうだ。それに、アパートというのは、日本で言うマンションを含む感じで、ほかに、オフィステルやヴィラというものがあり、一戸建ては少ないらしい。

 俺達は3件を回り、ゲートに近い2LKのオフィステルに決めた。静かで、鍵もしっかりしているし、安い。2人暮らしで、保証金1000万ウォン、月々7万ウォン。バス、トイレ、キッチン、クローゼット、洗濯物を干すサンルームとリビング、2部屋だ。

 契約のための書類を作りに店に戻ると、なぜか待たされ、ようやく担当社員が暗い顔で奥から出て来たと思ったら、スーツの男と先程のお嬢様が付いて来た。

 そして、当たり前のように、俺達の向かい側に座る。

「お待たせいたしました」

 担当社員は死にそうな声で言い、ほかの社員達が、こちらを窺っているのがありありとわかる。

「何が始まったんだ?」

「俺に訊くな、采真」

 小声でこそこそと言い合う。

「霜村様と音無様。ゲートに近く、セキュリティーが高く、安い部屋をご希望でしたね」

「何か微妙に言い回しが違うような……」

「こちら、ゲートから徒歩3分、万全のセキュリティーで、保証金無し、月々4万ウォン。光熱費とインターネット回線は別です」

「おかしすぎるだろ。というか、さっきの説明と違うだろ」

「それ、事故物件か?事故物件なんだな?」

 俺と采真は反射的に突っ込んだ。

 担当社員は流れる汗をぬぐい、隣のお嬢様が胸を張って口を開いた。

「私はイ・ソユンよ」

「音無采真です」

「霜村鳴海です」

 そこでソユンお嬢様は、期待していた反応を得られなかったのにイラッとしたらしい。

「だ・か・ら!イグループの総帥の娘よ」

 采真は首を傾け、言った。

「ええっと?俺の親父はサラリーマンで、お袋は専業主婦だけど?」

「うちの父は学者で、母は専業主婦だな」

「違う!

 私、家を出る事にしたの。父は婚約を解消して別の人と結婚しろって言うけど、納得できないもの。そう言ったら、自分で働いてもいないのにって言うの」

「……そんな個人的な話を、ほぼ初対面の人に言われても……」

 俺は、嫌な予感を感じながら抵抗してみた。

「あなた達、目撃者だもの。当事者よ」

「それは当事者と言うのか、鳴海?」

「言うか」

「言うの。決めたの。袖すり合うも多少の縁って言うでしょ」

「多少じゃない。他生だ」

「わからん!鳴海、わからん!」

 采真が頭をかき、ソユンは考え込み、隣の男はアンドロイドのようにじっと俺達を観察している。

 これはどういう空間だ。

「とにかく、家を出るの。それで、学生時代にちょっとはやってみたんだけど、探索者になってやろうと思って。

 それで、お願い。私の面倒を見て頂戴。私のアパートに住まわしてあげるわ」

 俺は頭を抱えたくなった。

「いらんし、嫌だ。俺達は俺達のペースと連携でやっていく。崩すのは命取りになる」

 これは、冗談でも断る口実でもない。

「その他にも給料を出して雇うわ」

 俺も采真も、溜め息をついた。

「他を当たってくれ」

 すると、アンドロイドが頭を下げた。

「お願いします。イ家の名前に釣られてろくでもないのが来るか、力不足なのが来れば、ソユンお嬢様に取り返しのつかない事になるかも知れません」

「安全な仕事をすればいい」

「その点、あなた方はイの名前にも無関心だし、2つの迷宮の初踏破を成し遂げた実力者です」

 無視された。

 俺と采真は、考えた。

「ところで、あなたは」

「申し遅れました。イ家の執事でございます」

「とにかく、わかるように説明し直してもらえませんか」

 ああ。陥落しそうな予感がする……。




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