第65話 恋の行方
逃げ出そうとする者を、周囲の者が引き留める。嘘だと泣く者もいれば、怒りに本当の事を言えと体を震わせる者もいる。そういう皆を、取材陣は余すことなく撮影していた。
「何の騒ぎだ」
声が響き渡り、喧騒が収まる。
「支部長!」
カルロスが言った。
「出張から帰れば。何の騒ぎだ?」
支部長はグルリと皆を見渡し、公平かと思ったらしく、取材記者に視線を据えた。
記者が撮っていたロビーでのやり取りの全てを見、なぜこういう討伐合戦になったのか聞き、質問は少しずつ核心に迫って行った。
「成程。お兄さんが、魔獣の情報を得るために犠牲にされたと思ったんだね」
リタは静かに答えた。
「はい。兄だけじゃありません。新人をその為に入れて、まず当たらせるんだと聞きました」
「誰に?」
「俺達を襲って来た探索者で、そいつはマリオのチームの奴に聞いたと言いました」
俺が言うと、職員が、
「警察に留置されています」
と付け加える。
支部長は考え込んだ。
「ふむ。そういう噂があったと言ったね。なぜ、調査しなかったのかね」
副支部長が、青白い顔で俯く。
「は。単なる噂に過ぎませんし、明らかな犯罪の証拠もありませんし」
「嘘だね。副支部長は明らかにマリオを庇ってた」
采真が言う。
「イタリアのトップだからでしょう。多少の事には目をつぶり、探索を進めてもらいたかった。
でも、マリオ以外にも、頼れる探索者はいますよ、たくさん」
「しかし!マリオのカリスマ性は、荒っぽい探索者をまとめるには必要だった!チームが今更ばらばらになったら、破落戸の抗争と変わらなくなる!」
副支部長が言うのに、俺は失笑する。
「それをどうにかするのは、協会や警察だ。その為には犠牲者に目をつぶるなんて、やっていい事じゃない」
支部長は、黙って立つマリオを見た。
「どう思うかね」
「俺は……必死にやって来た!」
俺達はそれを聞いて、溜め息をついた。
「誰だって探索者は、一生懸命で、命がけだ。それが怖けりゃ、辞めろ。
あんただって腕が悪くはないだろう。まず手下をぶつけてそれで予習してたとしても、それで誰でもトップになれるわけじゃない。
でも、情報の無い物に挑むのが探索者だ。未知の世界に挑み続けるのが探索だ。
あんた、探索者に向いてないよ。ただの腕っぷしの強い人だ」
マリオは、肩を落として俯いた。
「これが事実なら、法で裁ける問題ではないのかも知れない。でも、許されない事だ」
支部長は静かにそう言った。
翌日の新聞には、日伊討伐抗争は俺達の勝利と書かれ、停滞が続いていた86階の攻略法がわかったという記事が載った。そしてその横に、副支部長の退職とマリオ・ルターの引退の記事が載った。
そして俺達は、今日も探索だ。
「しばらく混乱はあるかもなあ」
拾い損ねた食材を狩りながらの探索だ。
「まあな。でも、86階も行けるめどがついたし、クリーンを望む探索者も多いしさ!大丈夫だって!鳴海が責任を感じる事なんてないぜ!」
苦笑が漏れた。
確かに俺は、やるべきことをしたと思っている。でも、やり方が他にあったんじゃないかとも思っていた。
「お前って、本当にカンは鋭いな」
「ん?野生的って言ってくれ」
「何か違うだろ」
アホな事を言いつつも、しっかりと、美味しいものは見逃さない。
そうして90階まで行って、今日はおしまいにする事にした。
「なあ、鳴海。リタをデートに誘うのに、どこに行けばいいかな。俺、ローマの事は知らないし」
「リタに案内してもらえばいいんじゃないか」
「男がリードしないとかっこ付かない事は無いか?」
「リタだぞ」
「……それもそうだな」
俺達はウキウキと足取りも軽く、アパートに戻って来た。
と、隣のドアが開いて、リタとカルロスが出て来た。
「ああ。今帰ったの?お帰り」
リタもカルロスも、明るくにこにこしている。
「いやあ、今日も大漁でさ!
あ、飯でもどう?」
采真が緊張を押し隠して言う。
「ごめんなさい。せっかくだけど、今日はちょっと」
そこで、リタとカルロスがはにかむ。
あ……。
「うん?」
采真、なぜここではカンがそんなに冴えない?
「あのね。あたしたち婚約したの。それで、今日はカルロスの家族と夕食を摂る事に――」
続く言葉はあまり覚えていない。
ただ、ニコニコとしながら、リタが女の子のように――いや、気がきつくない女の子のようにはにかんでカルロスに寄り添って出て行ったのを、采真と見送った。
采真はニコニコとしていたが、姿が見えなくなると泣き崩れた。
「何で?俺、失恋したの?告白もしてないよ!」
「……采真、大丈夫。大丈夫だからな。お前にはもっと、こう、かわいい子がいいんじゃないか?ほら。何とかっていうアイドルみたいな」
「たまみん。たまみんも同棲発覚したけどな」
「……」
「くそお!
鳴海。俺はここを踏破したい。それでイタリアは忘れる」
「そうだな!うん!イタリアはピザを食べに来たんだったよな!」
「イベリコ豚とかパスタとかいないかな」
「パスタなんて魔獣はいないと思うけど……食いつくそう!」
「おう!」
俺達のイタリア攻略は、続く。
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