第62話 運、不運
俺は運がいい方ではない。アイスの当たりとか福引とか、とにかく当たらない。
反対に、采真は運がいい方だ。アイスも当たれば、懸賞で松阪牛も当てた。なぜか試験の山は当たらなかったらしいが……。
まあそもそもあれは、努力で挑むものであり、運不運ではない。
そんな采真の運の良さを当てにして、キメラは探すしかない。
とは言え、確実性に欠けるのは否めない。
なので取り敢えずは固いところからと、将軍を狙った。まあこれも、将軍が出るか魔女が出るかは運次第だが、采真の幸運の方が俺の不運より強かったという事らしい。
魔石拾いもそこそこに、85階と86階の間の階段まで最短で到達する。
エレベーターで邪魔をしていたやつらが、俺達を見て息を呑んだのがわかる。
「お前らどこから」
「5階下のエレベーターで来たんだが?」
余裕たっぷりに言いながら、スポーツドリンクを口にする。
「こんな短時間で来れるわけが――」
それに、采真が笑い声を立てた。
「ははは!あんたらさあ。俺達を舐めすぎだぜ。魔王と幹部の魔人を倒したんだぜ。この程度の魔獣、準備運動なんだよ」
ちょっと言い過ぎだが。
でも、言われた方は焦ったらしい。
「そんな。マリオさんに足止めを頼まれたのに」
「おい!違うからな。俺達が勝手にしたんだからな!誤解すんなよ!」
「ふうん。イタリアでは、真剣勝負でもアンフェアにしたり、邪魔したりするんだ。
これ、国際的条約とか仕事の契約とかそういうの、怖くてイタリアとは約束できないな」
「信用できないって事だもんなあ」
「これがイタリア人だそうだ。今日のネットで世界が驚愕するな」
「え!?いや、イタリア人がそうなんではなくて」
「ああ、個人?あんたが信用できないって事?」
そうと言えば自分が困る。困り果てて固まるそいつを放っておいて、俺達は階段の先に立った。
他の探索者達が、普通の装備の俺達に怪訝な表情を向ける。
「なあ。それで行くのか?そこのラインを越えたら、いきなり海中だぞ?」
親切で誠実な人らしい。
「ああ。これでいい」
俺はボディバッグから、昨夜作っておいた秘密兵器を取り出した。
「何だ、それ?」
采真がへへへと笑う。
「まあ、見てなって。今から鳴海が、停滞してた階を攻略するぜ」
マリオの協力者が、我に返って出て来る。
「おい!順番を!」
なので、言ってやる。
「じゃあ、どうぞ」
「へ?」
「はい、どうぞ?急ぐんで、とっとと行ってくれ。今すぐ行ってくれ。行かないんなら黙って見てろ。見栄やメンツの為に邪魔しかしないやつが、探索を遅らせてるんだ。このまま停滞を続けて溢れ出したら、お前ら責任取るんだろうな?」
迷宮というものは謎が多い。その中のひとつに、いつまでも先に進まないと、奥から魔獣が溢れ出して来るという現象がある。
これで、危険な穴として立ち入り禁止にしていた迷宮や、発見されずに放置された迷宮から魔獣があふれ出したという事故が過去に起こっている。
もしローマでそれが起こったら、とんでもない惨劇に見舞われるのは間違いない。
青ざめて立ち尽くすそいつを無視し、改めて俺は前を見た。
魔素を籠めた弾をつないだものだ。この弾には、信号で電気が放電されるようにセットしてある。
足元に魔銃剣を向け、やる前に確認しておく。
「今、誰も入ってないよな?」
「ああ。誰もいない」
「よかった」
そして、引き金を引き、するすると魔素を籠めた弾を流し込む。
「何だ?」
それに采真が答える。
「何だっけかな。まあ、仕掛けを投入する、みたいな?」
それは見た目だろう、采真。
今86階の海の中では、大きく激しい海流がうねっている。そしてそれに沿って、弾が流れて行く。
「こんなもんかな」
言って、俺は電撃の魔術の準備をし、手元の導火線に信号を送ると同時に魔術も放った。
「ウオオッ!?」
「目が!目があ!!」
バチバチッと階段の向こうが激しく光り、それと目が落ち着いた頃、目を開けた俺達は喜び合い、探索者達は唖然としていた。
水は引き、床の上に、魔石やビチビチと痙攣する魚介類が散乱している。
「やったぜ、采真!取り放題だぜ!」
「海鮮丼のために、拾え!」
「あ、先にセイレーンの息の根を止めて来い!」
「了解!」
采真はマグロを飛び越えて走って行き、ビチビチと痙攣するセイレーンの首を刎ねて、尾びれを切り落とした。
ざくざくと落ちている魚介類や魔石をボディバッグに放り込んで行き、嬉々として階段へ戻って来ると、呆然とした探索者達に言う。
「何で電気で感電させなかったんだ?」
訊くと、親切なやつが言った。
「したよ。したけど、範囲が広すぎて、効果がなかった。こんなにバカみたいに魔力を持ったヤツがいるかよ!」
それに、言う。
「協力すればできるのに」
それに、彼らは虚を突かれたような顔をした。
「さあ、戻るぞ。キメラはここまでに出現している。お前の運が頼りだ、采真」
「任せとけ!」
俺達は階段を駆け上がった。
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