第59話 ロビーでの口論

 片っ端から魔獣を屠って歩く俺達に、イタリアの上位探索者達も注意をしているらしい。「流石は世界初の踏破者だ」「イタリアはイタリア人が踏破する」と、随分、やる気にさせているとカルロスが言っていた。

 それでも、海の階は手強いらしい。

「ああ。ようやく次か」

「海の階か。まずはどんな所か見たいけど、見えるのかな」

 手前の階段に入ると、ダイビング機材を用意したやつらがいたり、海中スクーターを持ち込むやつがいたりしていた。

 そんな彼らが、一斉に俺達を見た。

「アジアの悪魔だぜ」

「ツインデビル――!もうここまで来やがったのか」

 ヒソヒソ声だったが、よく聞こえた。

「もしかして、その恰好で行くのか?」

 近くの1人が訊いて来るのに、采真が笑う。

「まさかあ!今日は、見た事もないから、一応見ておこうと思って。な、鳴海」

「ああ。海とだけは聞いていたんだけど、それ以上が全くだったからな」

 そう言って、階段からじっと先を見た。

「何がいるんだ?」

「美味いやつっている?マグロ、タイ、ヒラメ」

「いや、深海か?だとしたら、キンメダイとかハタとかだろ、采真」

 真剣に言い合う俺達に、そいつは戸惑ったような顔をしながら答えてくれた。

「タコとかマグロとかタチウオとか……」

「たこ焼き!握り!ホイル焼き!」

「海鮮丼!タコ飯!タチウオロールフライ!」

 反射的にメニューが脳裏に浮かんだ。

「オレはマグロのステーキとか好きだなあ」

 イタリア人のそいつも加わった。

 仲間が、何やってるんだ、という顔をしている。

 と、駈け込んで来た1人が、慌てたように言った。

「上、えらい騒ぎになってるぞ!マリオがリタって女を口説いて、それにキレたリタがマリオの横っ面を張り飛ばして、人殺しとか、名誉棄損で訴える代わりに自分の女にするとか!」

 俺と采真は、それを聞いて慌ててエレベーターに飛びついた。


 協会に駆け込むと、マリオとその側近2人がリタと睨み合い、カルロスが間でオロオロとしていた。

「証拠もなく人殺しと言っていいと思うのか?いくらリタでも、甘い顔には限度があるぜ」

 マリオが言うと、リタは、

「これまでの事実をつなぎ合わせたら誰だってわかるわ!あんたが卑怯で臆病な内股のガキ大将だってね!」

と言い返す。

 そのやりとりに、

「決めつけはよく無いな、確かに」

「でも、マリオによくない噂があるのは事実だ。火の無い所に煙は立たないって言うし」

「やっかみとか嫉妬とかじゃないの?」

「それより、内股のガキ大将って何だ?」

などという声が、ザワザワと広がる。

「リタもマリオも落ち着いて」

 カルロスが震えそうな声で言うが、効き目は怪しい。

「リタ。俺は親切で言ってやってるんだぜ。俺とマルコは知らねえ仲じゃなかった。そのマルコが死んだんだ。俺が面倒を見てやろうって言ってるんだ」

「ハッ!死ぬように仕向けたんでしょ。それで踏み台にしたんでしょ。

 あんたみたいなやつ、お断りよ!

 兄や他の皆が化けて出るかもね。自分を守らせる子分はもう決めたの?」

「女と思っていりゃあこのアマ!」

 マリオが赤い顔をして、手を振り上げる。

 その腕を、采真が止める。

「ヤコポ!」

 しかし、怒りで周囲が見えていないのか、取り巻きの名前を呼ぶ。それで、取り巻きの杖を持っていた方が、杖を上げてそれを采真に向ける。

 次に起こる惨状を想像して、誰もが顔をひきつらせた。

 が、当然俺がそれはさせない。紡がれた魔式を打ち消すように魔式をぶつける。

 キョトンとするのは魔術士以外で、驚愕の表情を浮かべるのは魔術師だ。

 が、リタは前者で、何が目の前で行われたのか理解できていない。うん。魔術士としてダメな事を露呈したな。

「お前、何をした?」

 ヤコポと呼ばれたやつが、後ずさりながら訊く。

「お前の攻撃魔術を消したんだが?

 それよりお前は何をしようとしたか自覚してるのか?」

「だ、だって、マリオさんが」

「ああ?俺は何も言ってねえぜ。お前の名前を呼んだだけだ。この日本人に腕を離させろって意味でな。まさか、こんな所で攻撃魔術を撃つなんて思うかよ。なあ?」

 マリオが嘆くように大げさなリアクションを取り、ヤコポは真っ青になった。見ていた周囲の探索者達は、非難するような目を向けているが、ヤコポになのかマリオになのか、それはわからない。

「それがあんたの手口よ」

「うるせえ。ぶち殺すぞ!」

 マリオがリタを睨みつけて怒鳴った。

 そこにやっと、カルロス以外の職員が来た。

「何ですか、この騒ぎは」

 マリオがニヤリとしたのが見えた。




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