第53話 イタリアの迷宮よ、いただきます

 朝早くイタリアのアパートに戻った俺達は、何食わぬ顔で部屋を出た。

 と、隣の部屋のドアも開き、中から住人が出て来た。リタ・クルツ。

「おはようございます」

 昨日のうちに、引っ越しの挨拶は済ませてある。手土産は缶詰セットだ。

「あら、おはよう。昨日は丁寧にありがとう」

 ニコリとして、挨拶を返して来る。

 采真はニコニコとしながら、

「いえいえ。隣同士だし、よろしく!

 今から?」

 リタも、防具に身を固め、穂先にカバーを被せた槍を持っていた。

「ええ。まあ」

 少し暗い顔をした。

 そうか。チームから外されたとか昨日言ってたな。

 どの程度の腕なんだろう。

「リタは、どのくらいまで進んでるの」

 鍵をかけながら訊くと、リタも鍵をかけながら言った。

「24階よ。チームのおかげだけど」

「へえ。公式資料は読んで来たけど、気を付けるポイントとかある?」

 采真が訊く。

 因みに、読んだのは俺、采真には俺が教えた。

「んん、大体資料通りよ。踏破したような探索者なら、どうって事ないと思うわ。

 日本の迷宮に海が無いって聞いたんだけど?」

「うん、マジ」

 采真がうんうんと頷く。

「海に囲まれた国なのになあ」

 言うと、リタも笑って頷いた。

「ホント、迷宮ってわからないわね」

 そんな話をしながら、俺達は連れ立って協会へ行った。

「今日はどうするの?」

「まずは常時依頼の魔獣を狩りながら進んで行こうかって言ってるんだけど」

 俺と采真は、それで始めようと相談していた。

「リタは?もし良かったら、一緒にどう?」

 采真の誘いに、リタは考えた。

 昨日、チームから外されたと言っていたが、もう、新しく入るチームが決まっているんだろうか。

 リタは、

「ありがとう。友達に声をかけてみるわ。じゃあ」

と、あっさりと離れて行った。

「じゃあ、俺達も行くか」

「ああ。昨日のマリオだっけ?会わないといいな」

 言いながら、俺達はゲートを通った。


 イタリアの迷宮は初めてなので、1階からスタートになる。

 ウサギもどきやイヌもどきなど、懐かしい魔獣がいた。

「ははは。懐かしいなあ」

「こいつ、煮込みかステーキにしたらいけるんじゃないか?ウサギだし」

「うさぎ美味しいふるさと――って言うもんな!」

「采真。美味しいじゃなくて、追いし、だ」

「え!?」

「ずっと美味しいと思ってたのか?ははは」

「なんだそうか。ははは」

 俺達は笑いながら魔獣を追いかけ、一刀で仕留めたらサッとバッグに詰めて移動した。

 それを見ていた新人探索者達の間で、「東洋から来た黒髪の悪魔」という噂が立っていくなど、想像してなどいなかったのである。

 知らない迷宮だろうと、浅いうちは大したものも出ない。苦労する事無く魔獣を狩りながら、俺達はさっさと下階へと進んで行った。

「鳴海!海の幸はどこだ?」

「まずは26階になるな。浅瀬らしいぞ」

「貝とかか?」

「酒蒸しとか、焼いてしょうゆを垂らしたやつとかいいな」

「がんばって取ろうぜ、鳴海!」

「おう!」

 笑って走りながら行く俺達が、周囲からどう見えているかなど、斟酌する余裕はなかった。ただ、食いたかったのだ。

 そして、25階のやたらと凶暴で身軽な群れて襲って来るサルを手あたり次第に片付け、

「これは食べられそうにないな」

と魔石を取って残りは捨て、いざ26階、と思った時だった。

「あれ、リタだ」

 10匹くらいのサルに囲まれ、ほとんど遊ばれている4人グループがいた。その中の1人がリタだった。

 槍は何度も空を切り、足元がフラフラし始めている。後ろに下がって魔術を撃とうとしたらしいが、不発に終わり、

「ダメ!」

と言う。

 ほかの3人は同年代の男2人と女1人で、必死の形相でサルに向かって剣や槍を振るっていた。

 危なくなったら助けようと思って見ていると、ようやくサルは数が減り、撃退する事ができた。

「お疲れ」

 言いながら近付くと、リタ達は疲れた顔を上げた。

「え?1階からよね?」

「そうだけど?

 あ、ケガしてるな。救急セットある?」

 中の1人が、捻挫したらしく、足首を腫らしている。

「冷却スプレーなら」

「ここは25階だからエレベーターがあるけど、歩ける?」

 彼は足を出し、顔をしかめた。

「無理。リタ、回復を頼むよ」

 リタは視線を泳がせて、申し訳なさそうに言った。

「ごめん。魔力がほとんど無いの」

「え。だって、ほとんど使ってないじゃん?いざという時の為に温存って言って」

「それがさっきのだったのよ」

 リタが開き直ったかのように言う。

 3人は呆然とし、次いで、怒りだした。

「話が違うわ、リタ。魔術が使えて槍もできるって言うから組んだのよ?」

「槍はそこそこでも、魔術はできるうちに入らないじゃないか!ここがエレベーターから離れてたらどうなってたと思うんだよ!?」

「……リタ。お兄さんの事は気の毒だと思うし、リタは大切な友達だけど、無理だわ。ごめんなさい」

 リタは強張った顔で俯き、小さな声で、

「そう。悪かったわ。ごめんなさい」

と言う。

「まあまあ」

 采真が割って入り、とりなすように言った。

「とにかく、捻挫は鳴海が治せるぜ。な!」

 俺は治癒にセレクターを合わせ、引き金を引いた。

 すぐに患部の腫れが引き、変色が戻って行く。

「それで、これからどうする?戻るのか?」

 彼らは頷いたが、リタは固い顔で、

「あたしは行く。ここまでの取り分は、迷惑料ってことでいいわ。いらないから」

と言い、階段へ歩いていく。

「リタ!」

 女の子が困ったような顔で呼びかけるが、反応しない。

 俺は嘆息した。

「采真、リタに付いとけ。

 それから、基本の救急セットは持っておく事を勧めるよ。例え魔術師がいても、その魔術師が死ぬかケガをするかするかも知れないしな」

 それで青い顔をする彼らに背を向け、リタと采真の後を追った。




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