第29話 魔国三将軍

 先にあるものについては、色々と論じられて来た。別の世界だの、何も無い空間だの、ずっと果てがなくこれが続くだの、行き止まりがあるだけだの。

 しかし、迷宮の向こうは別の世界だった。

 獣と人間と鬼の国の世界から人間の国の御姫様が逃げて来たという話は、俄かに有名になった。

 それと同時に、「その宝玉はどこに行った」という議論が巻き起こる。

 俺も采真も、ひたすら大人しくして、じっと目立たないように話を聞いているだけだ。

 毎日門の向こうへ行って魔獣を狩り、帰って来て明日に備える。その繰り返しだ。そうしているといつの間にか、俺達は探索者達中でも最深部に至っていた。

 宝玉を得た事は、小さくはないだろう。

 列に並んで中に入ると、入り口からすぐの所のエレベーターに触る。すると、サークル内にいる俺と采真が触った事のあるエレベーターだけが選択できるように数字が浮かび上がるので、そこから一番深い所を選び、「行く」を押すと、ふっと眩暈にも似た短い浮遊感の後、そこに到着する。

「毎度思うけど、便利だなあ」

 采真がしみじみと言うのに、俺は頷いて言った。

「ああ。日帰りでも深い所に行けるもんな。

 でも、エレベーター待ちの時間がなあ」

「数を増やすとか言ってたらしいぞ。それで、低層用とか中層用とか深層用とか分けるとか」

「それならちょっとましになりそうだな」

 言っていると、カバに似た魔獣が飛び掛かって来たので、まずは勢いを殺すところから始める。何せ突進力が凄い。なので、勢いを殺してから物理で斬るのが効率的だ。

 すぐに俺達はそいつを片付け、魔石と牙を拾って、次へ向かう。

 ここから3階下までは昨日来たので知っている。なので、ストレスは低い。予習済みというわけだ。

 その次については何も情報がない。

 そういう階層へ足を踏み入れたのは、今回が初めてだ。

「油断するなよ、采真」

 辺りの気配を窺いながら言うのに、采真は両手を突き上げて叫ぶ。

「これ、今の時点でオレ達がトップって事!?凄エぜ!やった!」

 その采真に、天井から何かが襲い掛かり、俺はそれを焼き払った。

 巨大な蜘蛛が放つ糸だった。

「うおっ?すまん」

「粘着だけじゃなく、電撃も来るぞ。糸は俺が焼くから、お前は本体をやれ」

「おう!」

 俺達は、きつい感じの美女の顔を持つ巨大蜘蛛とのデスマッチを開始した。


 新しいエレベーターを2つ設置して、設置した事に対する料金も合わせたお金を振り込まれ、協会の出口に向かう。

 俺も采真も、刃の研ぎを頼みたいので、伯父の海棠アームズへ行くつもりだ。蜘蛛女は糸も体液もネバネバだったのだ。

 でもできるなら、もっと長く潜りたい。もっと早く先へ進みたい。

 俺と采真は、2人でもバランスよくやっていると思っているが、人数がいれば、それだけもっと早く楽に片付けられるというのは事実だ。

 そうすれば、進むスピードは上がる。

「腹減ったぁ。今夜は何だっけ」

「ご飯はセットしてきたから、ちらし寿司の素を混ぜてちらし寿司。それに、魚を焼いて、ゴーヤのおかか和え」

 伯母のくれた料理本は、簡単にできる家庭料理が多いので、とても助かっている。

「想像したらますます腹が減って来たぜ」

 采真は言って、音の鳴るお腹に手をやった。

 その時、その知らせが飛び込んで来た。

「大変だ!魔人が出た!」

 協会のロビーにいた全員が、サッと緊張する。

「どこだ?何階だ?」

 カウンターの職員の問いに、その飛び込んで来た探索者は外を気にしながら答える。

「5階だ!この前のあいつだよ!」

 それを聞いて、俺と采真は飛び出した。

「鳴海!冷静にな!」

「お前に言われる日が来るとは、感慨深いな!」

 言い合いながら門まで来た時、中からかなりの魔力量を持つ生物がこちらに向かって来ているのを感知した。

 采真の襟首を掴んで、引く。

「ぐえっ!?」

 采真が文句を言いたそうにするが、それどころじゃない。

 すぐ目の前を風の刃が通り過ぎ、門の向かい側にあった街路樹を輪切りにした。

 あのまま進んでいたら、人体の輪切になるところだった。

「おお、サンキュ」

「来るぞ」

 身構える俺達の前に、以前現れた魔人が姿を見せた。

「確か、レイ、だったな」

 その魔人は俺達を見ると、涼しい顔を一転して苦々しい顔にして、唇の端を吊り上げた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る