第28話 門の中と外
仲間の女が紡ぐ魔式は、街中で使うのも人に向けるのも禁止される規模のものだった。盾で防いでも、弾かれた魔術の余波で辺りは大惨事になる。逃げても、効果範囲が広いので、逃げ切る事はできないだろう。
なので、彼女が紡ぐ魔式を読み解き、打ち消す魔式を手動で魔銃剣に書き込んで、タイミングを合わせて撃つ。
彼女を発見してから2秒弱の事だった。
居合わせた魔術士が青い顔をする中、俺と彼女の真ん中で、2つの魔術がぶつかって打ち消し合った。
同時に、采真が男を制圧する。
「え?」
呆然とする女に、同じように突っ立っているほかの探索者の間をすり抜けて俺は近付き、杖を叩き落して女を地面に這わせて背中に魔銃剣を突きつけた。
一瞬の後、辺りは騒然として、居合わせた探索者達が動き出した。
「驚いたな。ドラゴンキラーは伊達じゃねえな」
などと褒めてくれるのはありがたいが、俺も采真も心苦しい。例の宝玉を受け継いでしまっているんじゃないか疑惑のおかげなのだが、言えない。
「どちらかは成功したはずなのに!」
「あああああ!!」
泣きわめく犯人の男女をほかの探索者に任せ、俺と采真は、
「いやあ、たまたまですよ」
「ほんと、調子が良かったというか、な、鳴海!」
と言いながら、思っていた。門のこっち側って面倒臭い!と。
警察の事情聴取を受け、解放されたのは随分遅くなっていた。事件は夕方だったのに、もう9時だ。
「冷凍食品とかレトルトとかあったかなあ」
「なんでもいい。なければふりかけご飯でもいい」
「あ」
「何?その『あ』は何だよ、鳴海?」
「ご飯、炊いてない」
俺達は海より深く絶望した。
「着替えてから、外に行くか」
武器を持ち運ぶ時は、許可証を携帯の上、袋に入れたりしなければならない。銃刀法という法律は、ちゃんと探索者にもあてはまっているのだ。
当然俺達も、許可証は持っているし、武器は竹刀袋のようなものに入れている。
しかし、それだけならともかく、戦闘の汚れや魔獣の血が付いた服のままではレストランに入り難い。
面倒臭いが、着替えてから出直そう。そう思って、家へ向かう。
「お前ら!聞いたぞ。ケガはないようだな」
柏木がソワソワと家の前で待っていた。
「おかげさまで、ケガはありませんでした」
「心配してくれてありがとうございます!」
「し、心配なんてしてねえよ?たまたま、家の前でスクワットをだな」
柏木はわざとらしくスクワットをし始めた。ツンデレなの?
「帰って来た?あ!おかえり!」
車いすで、理伊沙さんが姿を見せた。
「良かったあ。けが人はいないって聞いてたけど、やっぱりね」
「心配してくれてありがとう!」
采真は理伊沙さんのそばに素早く跪いて、手を握っている。
「離せ、この野郎!」
柏木が割って入ろうとするのに、笑顔で采真が言う。
「まあまあお兄さん」
「誰がお兄さんだこら!」
からかいがいがある人だ。
と笑っていたら、俺と采真からもの凄い音がした。
グウウウウ……。
一瞬、全員の動きが止まる。
「食ってないのか?」
「出て来た所で事件ですから」
苦笑して言うと、采真が付け加える。
「カツどんとか期待したのに」
「采真、カツどんを出されるのは容疑者だ。それと、実際にはカツどんは出ない。箸やフォークのいらないものを、自腹でだ」
「ええー!?がっかりだぜ」
心からがっかりとして肩を落とす采真に、理伊沙さんが吹き出した。
「ご、ごめんなさい。くくく……。
よ、良かったら、カレーならあるけど。食べる?」
「天使!」
「女神!」
柏木が溜め息をつき、
「とっとと入れ」
と許可を出した。
「ごちそうになりまあす!」
「失礼しまあす!」
俺達は揃って頭を下げ、後を追った。
その時俺は何となく、理伊沙さんを見た。何のこだわりもないのかな、と思っての事だ。
「この前はごめんね」
小声で言われる。
「いえ!
あの……」
「足?ケガではないのよ。暴走した魔術が作用したんじゃないかとか何とか。よくわからないままよ」
悪い事を訊いてしまった。そうか。魔術が……ん?俺はそれに気付いた。
「あれ?」
「何?」
俺は理伊沙さんの車椅子を止め、しゃがみ込んで足を凝視していた。
それを見て、柏木が血相を変えて引き返して来るし、理伊沙さんも何事かと狼狽えている。
しかし、俺はそれどころじゃなかった。
「貴様妹に何してやがる!」
「ちょっと黙って、お兄さん」
「お兄さんだとーっ!?」
采真が柏木を羽交い絞めにする間に、じっと視た。
「……なるほどなあ。系統違いな上に一部分だけで、助かったのか」
「はあ!?」
柏木が睨んで来るのに構わず、言った。
「わかりました。向こう側の破壊の魔式の一部だけがここにあります。へたに解除したりしてたら、下半身ごと吹っ飛んでましたよ」
「え?」
柏木と理伊沙さんが真っ青になる。
おもむろに魔銃剣を袋から出し、理伊沙さんの足に向けた俺に、ようやく柏木が慌て出した。
「待て、おい」
「ああ、説明は後で!鳴海にまかせなって!」
「医者でもないのに任せられるか!」
「騙されたと思ってさあ」
理伊沙さんは硬い表情ながらも、言い切った。
「やって。どんな医者でもだめだったんだから、今更でしょ」
「では」
手動で魔式を書き込み、引き金を引く。
全員、そのままじっと動かずにいた。
誰も動かない。
「だめ、か?」
理伊沙さんは足をじっと見ていた。その足が、ゆっくりと持ち上がる。
「――!」
車椅子の足を置く所――フットサポートを跳ね上げ、地面に足をついて、ゆっくりと立つ。
グラリと体が倒れ、慌ててそれを支えた。
「リハビリは必要ですよ。筋肉は弱っていますから」
「お兄ちゃん!」
「理伊沙!?
霜村、お前何やった?」
「説明したいのは山々ですが、腹が、限界です……」
ガックリと膝をつきながら、俺と采真も手を取り合って、柏木兄妹を見ていた。
お腹が空腹を主張するように鳴っていたが、柏木兄妹は喜ぶのに夢中で、気付いてもらえなかった。
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