雨降って抹茶アイス
@kazukey
冗談の権化、見参!
夕立の雨音が騒がしい中、快調に走らせていた赤ペンをいったん止めて、僕は高らかに言ってみた。
「いや、今回の小説は自信がある。絶賛すること間違いなしさ!」
後輩は数学の参考書を閉じながら、ため息をつく。
「わかりましたから、先輩は丸つけをしてください」
「後輩は答えが合っているかどうか心配なんだね! でも大丈夫! 全問正解だよ! なんてったって僕は、後輩が解いているところをしっかりと見ていたからね!」
そう言って僕は、ルーズリーフに目を戻し、採点を再開する。
八月某日。関東某所の一軒家。僕はそのリビングに二つ年下の女子高生と二人きりでいる。以前は単なる高校の先輩後輩でしかなかったけれど、どういう巡り合わせか、いまは大学生の僕が受験生である後輩の勉強をみている。
「もしさ、こんなところを誰かに見られたら、恋人同士なんじゃないか、って勘違いされそうだよね」
「先輩、それ本気で言っているんですか?」
「まさか、そんなわけないって。冗談だよ冗談」
僕は肩をすくめる。そして胸を張って言う。
「なんてったって僕は、冗談の権化だからね!」
すると後輩はトーンダウンした声で、
「……ですよね」
と
「それで先輩、丸つけは終わりましたか?」
「あとちょっと」
丸つけは大詰めを迎えたけれど、わりと時間がかかってしまっているあたり、やっぱり僕には家庭教師は向いてないなあ、とつくづく思う。でもまあ、教え方が下手とか、そういった
「はい、これ。やっぱり全問正解だったよ。才色兼備ここに極まれり、って感じだね」
ルーズリーフを手渡しつつ、後輩の反応を
「そうですか」
と一言だけ。にべもない。
「それで先輩、小説は?」
「ちょっと待って、後輩」
言いながら僕は、いまだに先輩後輩と呼び合っていることに苦笑してしまう。関係性が変わっても、呼び方は高校のときから変わっていない。べつに嫌というわけじゃないけれど、もう少し仲良くなりたい、とは思う。
そこで僕は小説を書くことにした。後輩は推理作家を志しているらしいので、いいネタを提供できれば仲良くなれるんじゃないか、と思ったからだ。これまでにも何度か読んでもらったけれど、まだ後輩のお眼鏡に
何はともあれ今日もまた、小説を読んでくれるらしい。いつも
僕は隠し持っていた小説をおもむろに取り出して、
「さあ、とくと読むがいい! 我が傑作を!」
あーはいはい、と後輩はおざなりに小説を受け取って、ソファーに座り直した。すかさず僕も後輩の右隣に座る。ただまあ隣といっても、後輩と僕の間にはクッションがひとつ置いてあるから、距離はそんなに近くないけれど。
後輩は肩まで伸びる
「まあ、駄作だとは思いますけど」
そう言って、僕が書いた小説『空白の十時間』に目を落とした。
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