【手番】双葉

☖『遊び駒を活用せよ』

 やはり人と向かい合って指す将棋は、今でも少し緊張する。大会以来だから二週間ぶりだ。

 でも、駒の手触りを感じながら駒音を鳴らすと「将棋をしているんだ」という気持ちが否が応でも高まってくる。


 道場からの帰り道、双葉はそんな実感を噛みしめながら、真菜と並んで今日の対局を振り返っていた。


 高校生三人組との対局は白熱したものとなった。

 途中からは悟も合流し、まるでもう一度団体戦をしているかのような雰囲気での対局だった。


「そうそう、巴さんってば“耀龍ようりゅう四間飛車”を使ってきましたよ」


「へー! そういえば小笠原くんも“elmoエルモ囲い”使ってたよ。みんなよく勉強してるよねえ」


「A Iが考案したっていう対振り飛車の“囲い”ですか。あれ、升田幸三賞を獲ってるんですよね」


 升田幸三賞というのは、新手しんてを指したり、定跡の進展に貢献した棋士に対して将棋連盟から与えられる賞だ。2020年度、初めてコンピューターソフトが受賞したということで話題にもなった。


「さすが若いだけあって流行に敏感だよねぇ」


 真菜が感慨深げに言う。

 真菜だってまだ二十代半ばだろうに。


「将棋にも流行とかあるのか?」


 悟が二人の後ろからそんな質問を投げかけた。


「もちろんっすよ。まあ最新の研究を取り入れてるプロとアマチュアではまた違いますけどね」


「でも、プロ棋士が使ってる戦法は自然と興味持つ人も多くなりますし、アマチュアでも指す人が増えるってのはあるんじゃないです?」


 きっと自分みたいにプロ棋士の指し方に憧れて戦法を選ぶ人もいるだろう。


「たしかに。最近は積極的に交換してくる人が増えた気もするね」


「あとはAIの発展で、昔の戦法が見直されたりもしてますよね」


「そうそう、“雁木がんき”とかね」


「居飛車党としては“矢倉”の復活が一番嬉しいです」


 つい悟をそっちのけにして真菜と将棋トークで盛り上がってしまう。

 デスティニーランドに一緒に行ってからというもの、真菜との距離が近付いているように思う。

 もちろん恋敵ライバルではあるけれど、それ以上に好敵手ライバルでもある。

 同じが好きで、同じ将棋ものが好きで。そんな真菜のことを嫌いになれるはずがない。


「あー、ずっと座りっぱなしだったから腰が痛い~」


 真菜が腰をさすりながら言った。

 すごく綺麗な人なのに、そういう無防備なところが見ていてヒヤヒヤする。


「まあ、たしかに身体動かしたくなりますね」


「ねー。でも、最近、運動不足だからなあ。いきなり運動なんてしたら怪我しそう」


「ならさ」


 悟が何かを思い付いたように二人に向けて言う。


「ダーツでも行くか? 駅前にダーツバーあったし」


「ダーツ!?」


 意外な悟の提案に、双葉と真菜の声が揃った。


「やってみたい!」

「やりたいっす!」


 満場一致で決まった。

 悟の案内に従い、駅前の商業ビルに入っていく。

 店内は薄暗くて焦ったが、学生もたくさんいるようで少し安心した。

 悟がカウンターで申し込み用紙に記入している間、真菜とひそひそと話す。


「マナさん、やったことあります?」


「ううん、初めて。双葉ちゃんもだよね?」


「もちろんです。でもサトルちゃん、こんな趣味があったなんて」


「ね。意外な一面っていうか」


 悟は店員からダーツがたくさん入った筒を受け取り、指定された席へと移動する。

 双葉と真菜は恐る恐る悟の後ろをついていく。


「サトルちゃん、ダーツできるの?」


「まあそこそこ。数年ぶりだけどな」


「ねえ、ちょっと手本見せてよ」


 まずはお手並み拝見といこう。


「そうだな。まず足はここの線から出したらダメ。持ち方はいろいろあるけど、基本はダーツの重心の位置を人差し指と親指で持ってから他の指を添える」


 淀みなく説明をする悟が妙に新鮮だった。


「投げ方は人によって全然違うから、まずは投げやすいようにやればいい」


 ひょい、ひょい、ひょい、っと悟が三本投げる。

 ど真ん中に二本、中心から少し外れたところに一本。


「んー、ロートンか。けっこう身体で覚えてるもんだな」


「ふーん。思ったより簡単そうだね。とにかく真ん中狙えばいいんでしょ?」


「ん、まあとりあえずやってみ」


 悟に代わり、双葉も見様見真似で投げてみる。

 一本はなんとか点数を取ったようだが、残りの二本は点数にならない場所へと飛んでいった。


「ぷっぷー、双葉ちゃんヘタっぴー」


「ぐっ」


「んじゃ次は私が!」


 真菜が意気揚々と代わり、狙いを定めて投げる。

 一本は外枠に、残り二本は刺さりすらせず的に弾かれて地面に落ちた。


「……あれ?」


「マナさん、私よりもひどいじゃないですか!」


「これ、意外と難しい……?」


「サトルちゃん、もう少し教えてよ。投げ方のコツとかないの?」


「んー、ほんとに人によって全然違うんだけど、そうだな。とりあえず大きく分けて二つの投げ方がある」


「へえ」


「一つはプッシュスロー。手首を固定して、肘で押し出す。砲丸投げのイメージかな」


 真菜と並んで悟の動作の真似をする。


「もう一つはスイングスロー。肘を固定して、手首を振って投げる。こっちは紙飛行機を飛ばすイメージだな」


 砲丸投げと紙飛行機。

 二つの動作を交互に繰り返してみる。


「しっくりくる方でやってみるといい」


「なんか“居飛車”と“振り飛車”みたい」


 たしかにな、と悟が笑う。


「ちなみに先輩はどっちなんすか?」


「俺? どっちでもいけるけど、気分によって変えるかな」


「まさかのオールラウンダー!」


「サトルちゃんのくせに生意気!」


 “居飛車”も“振り飛車”も指せるオールラウンダーという響きは、将棋指しなら一度は憧れる。

 いつかは自分もオールラウンダーを名乗ってみたい、という思いは双葉も密かに持っていた。


 何投か試した結果、双葉は“プッシュスロー”に、真菜は“スイングスロー”に落ち着いた。

 ダーツでも真菜とは綺麗に分かれてしまったのが少し可笑しかった。


 その後、当然のように真菜との真剣勝負が始まり、幾度となく双葉の圧勝に終わった。

 そうして夜は更けていく。



・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・



 ☖真菜の将棋格言講座☖


 『遊び駒を活用せよ』


 “遊び駒”っていうのは、攻めにも守りにも役に立っていない駒のことです。特に大駒が遊んでたら駒落ちで戦ってるようなものですからね。それだけでかなり不利な状況ってことです。

 対局中どういう手を指せばいいのか迷ったときは、そういう“遊び駒”を使うことを考えてみると意外な好手になったりします。


 とはいえ“遊び駒”が遠くにあって動かすのに時間がかかるってときもありますよね。そんなときは、いっそ相手に取らせるっていうのも一つの選択肢です。相手は取る分、手数を掛けるわけですからね。その分の手数を稼げたと思えば、仕事をしたことになるわけです。


 それにしても、先輩にもそんな“遊び駒”があったんですね。全然知らなかったです。

 でも、それをようやく活用できる時が……ううん、活用しようと思える時が来たってことですよね。昔は「特に趣味なんて無い」とか言ってた先輩が……。

 なんていうか、それだけで私は感慨深いものがありますよ。

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