☗『と金の遅早』
『昨日のタイトル戦、観ました?』
『見た見た👀まさか封じ手で飛車切りとはね✉』
『夕方のニュースでもやってました』
『将棋界に注目が集まるのは嬉しいよね✨』
デスティニーランドで撮影した写真を送るためにLINEの連絡先を交換してからというもの、双葉とはこうして頻繁にやり取りをするようになった。もはや悟よりも連絡をしている頻度は多い。
しかし今どきの中学生はあまり絵文字を使わないのだろうか。双葉の文章は淡々としているのに対して、自分だけがはしゃいでいるようで少し恥ずかしい。
『ちょっと聞きたいことがあるんですがいいですか?』
『なになに❓』
いまさらあらたまって、何を聞きたいんだろうか。
『部活ってどうやって作るのかわかります?』
少し間が空いて届いたメッセージを読み、真菜は「おお」とベッドから起き上がった。
『もしかして将棋部作りたいの⁉️』
『できれば』
いいなあ。青春だなあ。
部員を集めて、顧問を探して、大会に出たりなんかして。そんな妄想が勝手に膨らんでいく。
でも残念ながら自分では力にはなれそうにない。
『私、帰宅部だったから詳しくはわからないや💦ごめんね🥺』
と、送信しようとしたところで、ふと思い付いた。
メッセージを消して、新しく文字を打ち込む。
『私はわからないけど、現役の将棋部の人たちに聞いてみよっか👂週末こっち来れる❓』
数秒後、双葉からは「ぜひ」と叫ぶ猫のスタンプが送られてきた。
*
「僕たちの場合は、部員を集める・顧問になってくれる先生を探す・職員会議と生徒会で承認してもらう、って流れだったかな」
「なるほど……参考になります!」
桑原の道場の一角で双葉が熱心に話を聞いている。
相談相手は、あの高校生三人組だ。今週末に道場に来ると聞いていたので、ちょうど良い機会だと思い双葉を誘ったのだ。
本当は悟も一緒に来るはずだったが、また急に仕事で呼び出されたらしく、後から合流することになった。
「もし部活動として認められなくても、将棋同好会として活動する分には問題ないと思うよ。僕たちも最初はそうだったし」
「へえ、そうだったんですか」
「うん。ただ、その場合は学校からの援助は期待できないけど」
巴たちも一から将棋部を作ったらしい。
そのときの手順を簡潔に双葉に教えてくれている。
「オレたちの場合はこの三人で作ろうってなったから、部員集めの苦労は無かったよな」
そう言いながら、小笠原が巴の肩を叩く。
「巴が優等生だったおかげで、顧問もすぐに見つかったしな」
なに言ってんだよ、と巴が小笠原を肘で突く。
「でも、人数の規定なんかは学校によっても変わると思うから、まずは担任の先生に聞いてみるのがいいと思うわ」
「たしかにそうですね」
「部員は集まりそうなの?」
「それが……周りに将棋する人いなくって」
双葉が誘えば、きっと双葉狙いの男子達が何人も入りそうな気もする。絶対、隠れファンがいるだろうし。
だが、それは口に出さない。そういうことを言われて喜ぶタイプではないことは分かっている。
「言わないだけで将棋に興味持ってる人はいると思うわよ。私も、巴くんと小笠原くんが遊んでるのを見て、ずっと気になってたし」
九条の言葉で、真菜は自分の学生時代のことを思い出す。ほろ苦い想い出だ。
「でも、どうして急に部を作ろうって思ったの?」
「えっと、その……この前の大会が楽しくって……」
そう。双葉の言う通り、とても楽しかった。団体戦では悔しい思いもしたけれど、その分だけ充実感もあった。
いつもの対局とは違って、負けたら終わりの真剣勝負。あの緊張感の中でしか掴めなかったものがあったように思う。
「あ、そうそう、オレついに初段になったぜ」
小笠原が双葉の前に出て言った。
「双葉ちゃんのカッケエ受けを見習ってみたら、逆転負けすることが減ってさ」
双葉が「いえ、そんな」と照れている。
「僕もマナさんのおかげで苦手だった“相振り飛車”をなんとか克服できそうです」
巴も負けじと前に出る。
「九条も最近調子良いよな?」
「うん。今度、稗村さんと対局したときには勝てるように頑張ってる」
先輩、ライバル認定されてますよ。
負けてられませんね。
「先輩も仕事終わったら来るって言ってたから、さっそく力を試せるよ」
真菜の言葉を受け、九条が嬉しそうな顔を見せる。
勝ちたい相手がいる。それがどれほどの原動力になるのか、真菜は身をもって知っている。それが棋力の近い者ならなおさらだ。
将棋部を作れば、双葉にもきっとそんな相手が増えるのだろう。そして、その分だけまた強くなる。
「ほんと、負けてられないな」
そんな若人たちに囲まれて、真菜は小さく呟いた。
・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・
☗双葉の将棋格言講座☗
『と金の
と金っていうのは歩が成った駒のこと。
歩の裏には、ひらがなで“と”って書かれてるでしょ。だからそんな通称なんだけど、そもそもどうして“と”なのか、っていうのは二つ説があるみたい。
一つは“金”の崩し字っていう説。銀や桂馬や香車の裏を見比べてみると、金の文字が少しずつシンプルになっていくのが分かると思う。
もう一つは、“今”の崩し字っていう説。“今”の音読みの一つに「キン」ってあるから、それが“金”の代用になったんだって。
閑話休題。
と金は金と同じ働きをする駒なんだけど、ある意味では金そのものよりも有用なんだよ。だって、もし相手が頑張って取ったとしても、それはただの歩だからね。相手からしたら超イヤな駒だよ。
だから、じっくりと金を作って、相手の“囲い”に近づけていくってやり方は、時間がかかるようだけど、すごく効果的ってこと。急がば回れってことだね。
もちろん「詰むや詰まざるや」みたいな場面でそんな悠長なことしてたら負けちゃうけどね。
でも、少しでも余裕があるのなら、焦らずじっくり一から攻めの土台を作る。
そういうのも意外と悪くないのかもね。
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