感想戦

【手番】真菜

☖『中段玉は寄せにくし』

「デスティニーランドみたいに待ち時間の長い遊園地って、上級者向けのデートスポットなんですって」


 長い行列に並びながら、真菜が隣に向けて楽しそうに言った。


「こうやって並んでるとき、よほど話が合うカップルじゃないと間がもたないらしいですよ」


 今並んでいるのは特に人気のアトラクションらしく、待ち時間は一時間以上と書かれている。


「でも……私達なら問題ないですよね。別にいまさら気を遣うような間柄でもないし、将棋の話してればいくらでも時間は使えるし」


 にこやかに真菜が微笑む。


「ね、そう思わない? 


「……まあ楽しいのは否定しないですけど」


 デスティニーランドのキャラクターの被り物をした双葉が口を尖らせて呟く。大きなリボンがとてもよく似合っている。

 ちなみに真菜が身に付けているのは、お気に入りのアヒルのキャラクターの被り物だ。


「さっきから気になってたんですけど、なんで丁寧語で話すんですか」


「ん、なんとなく?」


 よく見てみると従兄妹だけあって双葉と悟は顔立ちが少し似ている。丁寧語で話すことで少しでも悟と来た気になろうとしていた、なんてことは恥ずかしくて双葉には言えない。


「でもまさか、サトルちゃんじゃなくて私を誘うなんて、さすがにこの手は読めませんでしたよ」


「いや、誘ったよ。誘ったんだけどね。まあ色々あって……」


 否応なしに先週の悟とのやり取りを思い出す――。



「こ、この、ペアチケット、なんです、けど……」


「おう。優勝おめでとう」


「え、えっと……せ、せっかくなので……」


「ん?」


「い、一緒に、行ってもいいですか!?」


「ん……? ああ、もちろん行ってくればいい。双葉も喜ぶよ」


「え、あ、違くて…………えっと、その、はい……」



 ――思い出すだけで歯痒さと恥ずかしさで胸がいっぱいになる。「一緒に行ってもいいですか」じゃなくて「一緒に行きませんか」と言うべきだったのだ。「一緒に行ってもいいですか」だと、まるで悟に許可をもらおうとしているように聞こえる。双葉を誘おうと思うがいいだろうか、という風に悟が解釈したのも無理はない……かもしれない。

 とはいえ、すぐに改めて誘えば済む話だった。

 だが、デスティニーランドの話を切り出したことで全ての勇気を使い果たした真菜には、悟の勘違いを訂正することができなかった。


 たしかに自分の言い方も紛らわしかった。それは認める。でも、少しくらいは察してくれたっていいじゃないか。あの鈍ちん先輩め。

 心の中で真菜は悪態を付いた。


「ニホンゴってムズカシイね……」


 目の前の欧風の城を見上げて真菜が呟く。


「何言ってんですか」


 双葉が呆れるのも無理はない。

 せっかく双葉に勝って手に入れたチケットなのに申し訳ない。いや、双葉にとってはその方が良かったのだろうか。もうわからない。


「私からすれば、サトルちゃんに泊まる理由ができるのでいいんですよ。でもマナさん、それでいいんですか」


「返す言葉もございません……」


「あーあ。せっかくのをタダ捨てみたいにして……頓死とんしもいいとこですよね」


「ぐふっ」


 頓死。勝てた将棋を些細なミスで落とすこと。将棋を指していて一番悔しいやつだ。

 でも、将棋も現実も“待った”は通用しないのだ。こうなったらもう開き直るしかない。


「あー、もうそういうのは一旦忘れて、楽しも!」


「そんなこと言っても、まだしばらく順番待ちですけど」


「じゃあ、せっかくだから目隠し将棋でもする?」


「私、できませんよ」


「私もできなーい」


「……テンション高い大人って、ちょっとウザいですよね」


「ひどーい! だって、せっかくのデスティニーだよ、テンション上げてこうよ。ほら、今日は全部奢りだよ!」


「それはまあ……ありがとうございます」


「あとで先輩へのお土産もたくさん買って帰ろうね」


 こくん、と双葉が小さくうなずく。


 本当、この子は素直で可愛い。妙な意地を張らずに、悟にもこういう素直なところを見せれば、もっと仲良くできるだろうに。

 恋敵ライバルだということをつい忘れてしまう。


「あ、ほら、背景が良い感じのお城じゃん。写真撮ろう!」


 後ろで並んでいるカップルに撮影を頼み、スマートフォンを渡す。

 双葉と肩を並べてピースサインを作る。


「あ、妹さん、もっと笑ってー」


 真菜のスマートフォンを構えながら、撮影者がそんなことを言った。


「妹だって。じゃあ、今日はお姉ちゃんって呼んでいいよ」


「……呼びませんってば」


 そうして撮られた写真の中の双葉は、屈託のない笑顔を見せていた。


 この写真はあとで悟にも送ってあげよう。

 なんて言うのか、いまから楽しみだ。

 


・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・

 


 ☖真菜の将棋格言講座☖

 

 『中段玉は寄せにくし』



 中段っていうのは盤の真ん中の辺りのこと。その辺りに逃げられたは、なかなか詰めるのが難しいってことです。最悪の場合は自陣にまで相手のが乗り込んでくる“入玉”っていう状態になって、そうなってしまうと詰めるのは至難の業になっちゃいます。

 といった攻め駒は、基本的に前方には強いですが、後方には弱いですからね。だから『玉は下段に落とせ』っていう格言があるくらいです。


 先輩も昔みたいに“居玉”みたいにぼんやりしてたら、私だってもうちょっと誘いやすかった……気がするんですけどね。なんか最近妙に自分から動こうとしてる感じじゃないですか。だから、なんていうか誘うのも難しかったっていうか……。

 ええ、わかってます。ぜんぶ言い訳です……。

 ほんと、詰め将棋と違って、詰めるの難しいなあ……。

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