☗『攻めは飛角銀桂』
「6級……いや、7級ってとこっすね」
悟の力量を測る対局が終了したあと、コーヒーを一口飲んで真菜が呟いた。
「それって、どうなの?」
漠然とした悟の質問だったが、その真意を真菜は汲み取り、正直に答えた。
「んー、まあルールはしっかり知ってるちゃんとした初心者、って感じっす」
負けたとはいえ、完敗だった双葉との対局とは違い、悟としては手応えを感じていた。
もちろん真菜が手加減をしてくれていたことはわかっていたが、初段の双葉や二段の真菜とそこまでの差があるとも思えなかった。
「7級かあ……」
目指すべき双葉との距離を頭の中で数え、その道のりの長さに悟は軽い
「でも、
落ち込む悟に向けて、真菜がフォローをするように付け加えた。
「ねじりあい?」
「ああ、中盤の複雑な攻防のことっす。
「てすじ?」
「んと、有効な小技みたいな意味っす」
何も知らない悟に対して、真菜は一つ一つ解説をする。
「ただ……序盤はテキトーに指してますよね。あと、終盤も課題があります。一手詰めの局面が二回ありましたけど、見逃しちゃってますし」
真菜はそう言って、備え付けの紙ナプキンを広げ、ポーチの中からボールペンを取り出した。そこに大きな円を三個描き、円のなかに“序盤”、“中盤”、“終盤”と書き足す。
「では、先輩はガチ初心者ということで、ガチ解説しますね。知ってたら言ってください」
「何も知らないから助かるよ。頼む」
こほん、と小さく咳ばらいをして真菜は語り始めた。
「ではまず、勝負の流れはざっくりと序盤・中盤・終盤の三つに分けられます。序盤は
紙ナプキンの“序盤”の部分をペンで指して真菜が続ける。
「序盤の駒組みに関しては、偉大な先人たちが残してくれている“
少しずつ真菜の語りが熱を帯びていく。
真菜は一呼吸おいて、紙ナプキンの“序盤”の部分から線を引き、“定跡”と書き足した。
なるほど、と悟は感心した。
何のために何が必要なのか、ということを真菜は丁寧に教えてくれる。さながらプレゼンのようだ。
「次に中盤ですが、駒がぶつかり合って取ったり取られたり、戦いが激しくなるところですね。目的を一言でいえば、できるだけお得に相手の駒を取ることです。例えば歩で飛車取れたら、もうそれだけで超有利になるでしょ? そういう駒の損得を考えて小競り合いをする感じっす」
さっき褒めてくれたのはこの部分か。
「中盤を強化するにはいろいろあるんですけど、先輩はまず相手の飛車と角をしっかりマークすることっす。駒がどこまで
真菜はそう言って、“中盤”の部分に“駒の損得”と“飛車・角の動きに注意”と付け加えた。
「最後に終盤です。中盤との決定的な違いは、駒の損得よりも相手を詰ませるスピードを重視することっす。いくら飛車を守っても玉が取られたら終わりですからね」
悟はすぐに思い当たった。双葉との対局では自分の飛車を守っているうちに詰まされてしまった。
「終盤力を鍛えるには、何よりもまず
さっきの真菜との対局でも、いいところまで攻めていたつもりだったが、最後まで追い詰めることができなかった。真菜がわざと見せてくれた隙に気付けなかったのだ。
「まさに“詰めが甘い”ってやつか」
「あはは。そうそう、それです」
笑いながら真菜は“終盤”の部分に“詰将棋”と書き、悟の方を向いて結論を述べた。
「ということで、先輩が強くなるために必要なのは、”定跡を覚える本”と“詰将棋の本”、そして実際に対局する経験っす!」
想像以上に頼りになる後輩の顔を見て、悟はこの店の支払いを持つことを決めた。
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☗双葉の将棋格言講座☗
『攻めは飛角銀桂』
将棋の戦法ってたくさんあるけど、だいたいの攻め方は飛車・角・銀・桂馬を有効活用するっていうのは共通するのよね。
特に桂馬を上手く攻めに使えたら有段者とも言われてるわね。下手に跳ぶと大抵は歩の餌食になっちゃうからね。でも上手く桂馬を跳躍させられたときは気持ちいいんだよね。サトルちゃんにはまだまだわかんないだろうけど。
っていうか、サトルちゃん初心者なら最初にそう言ってくれれば私が教えたのにさ……。まあ別にどうでもいいけど。
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