狼宇宙人

狼宇宙人


「…速報です。未だ新型病原菌の猛威は衰えません。今日の感染者について主な都市ではT都で2178309人、P市で3524578人、L市で5702887人となっています。然し、依然として病床数の確保は不十分で政府はワクチンや特効薬は開発に時間を要すると発表しています。引き続き暫くは不要不急の外出は避け、お出かけの際は、…」


「全く恐ろしいな。今後も今まで通りにはいかなそうだ。暫くはテレワークだろうか。はぁ困ったものだ。」

「何言ってるのよ。最初の頃は会社に行かなくて良いなんて最高だ、とか言ってたじゃない。」

「まぁなぁ。然しやってみたらやってみたで色々不都合があって出社してた頃の方がやり易いこともあってだな…。全く、何とかならんものか。」

「とにかく会社に行くときは本当に気をつけてよね。アルコールジェルは買い込んであるから気になったらすぐ使うようにしてよ?」

「あぁ。お前も買い物行くときはマスクと、それと並ぶ時は…」


とある国のごく一般的な家庭で聞かれる会話はこんなものばかりとなった。我々は少し前とは随分と暮らし方が変わってしまった。いや、変わったのは手元に流れてくる情報だろう。最近は今日の感染者数、政府の対応の悪さ、薬の開発はどうか、後遺症が残るらしい、など病気のことばかり。ほんの少し前まではどうでもいいような芸能人の噂や自分にはどうせ手出しも出来ない国家間のいざこざにあれこれと文句を言っていたのに、今となっては自分が感染しているか否かばかりを気にして毎日ビクビクしながら不安を募らせ、ストレスに弱い人なんかはその不安が怒りとなってチワワの吠えるように文句を言う。自分のことで精一杯。

恐らくこのように過ごしている人が多数だろう。


一方でとある星ではこう過ごしている人たちもいる。


「いやぁ、今回も上手くいきましたな。」


「中々名案だっただろう。各国を短期間でパニックにするにはこれが1番だった。然し大変になったものだ。一昔前は石器時代から毛の生えた場所なんてほんの一部だったのになぁ。月へ来た頃は宇宙開発を遅らせるために俺たちは彼らの燃料の石油に目を付けた。いやぁ、彼らの昔の文化も見ておいて良かったよ。あのような格好で騙せるか不安だったが適当に作った金色のランプを見せたら俺を本物だと思ったようだ。それで願いを叶えてやる変わりに石油を皆にやるのを止めろと言ったら見事にやってくれた。そしたらロケットを飛ばしていた所は怒った怒った。随分その後も揉めたらしいからな。」


「あれはいくらなんでもやりすぎだったんじゃないですか?」


「何を言っている。彼らは異常なまでに刺激やインパクトの有るものに飢えている。最近はそれがエスカレートしている。我々が使用した病原菌でも前に撒いたやつの方が毒性は強かったのにパニックの大きさは今回の方が成功だよ。」


「何ででしょうかね。」


「馬鹿だなお前は。情報量だよ。以前より格段に増えたんだ。しかも彼らは嘘を信じる傾向がある。だから自分で直接確かめた事でもないのに"本当っぽい"と思えば信じてしまう。だから今回は上手くいった。まるで迷える子羊たちだよ。これで暫く彼らの宇宙開発は遅れを取りうちらの星への侵攻も弱まるだろう。」


「なるほど。流石です。しかしこの病気も2年も経てばきっと克服してしまうでしょうし、また菌では驚かなくなってしまいますよ。その時はどうなさるのです?」


「ん? また驚くように狼の姿を変えるだけさ。」


そう言うと彼は窓から見える赤錆色の地面を見ながら紅色のお茶を一口。

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