第6話 微かな平穏
街は平穏だった。
勢力を伸ばしていた一派が消えたからだ。
有力な者の殆どは殺され、残された小物は街を逃げるように出たか、諦めて他の勢力に下った。
レイは手元にある書類にサインをしながら上機嫌であった。
それは自分の命を狙った者達が皆殺しにされたからである。
その詳細はただの勢力争いだと署長に言われた。
コンコンと扉が叩かれる。
「イブキです。お茶の時間です」と扉の向こうから声が聞こえる。
「入って」とレイは答える。
扉が開かれ、イブキがワゴンを押して入って来る。
イブキはワゴンの上に置かれたティーセットでカップに紅茶を入れる。
それを見ながら上機嫌でレイはイブキに話し掛ける。
「平和っていいねぇ。何事も無いと仕事が進むよ」
「左様ですか」
いつもながら、あまり表情を出さずにイブキは答える。
「後で街に出掛けようかと思う。背広も作り直したいしね」
「解りました。準備をしておきます」
イブキは執務室を出ると、すぐに車庫へと向かい、そこで待機している運転手に車の用意をさせる。この時代の車はまだ、信頼性が低く、出発前に整備を多く必要とした。
街を見下ろせる丘に複数の馬に乗ったカウボーイ風の男達の姿があった。
その中の一人は赤髪を背中に垂らした妙齢の女だった。
「噂通り、なかなか栄えた町だね」
女は獲物を見る目であった。彼女の横に居る髭面の男が笑う。
「ははは。姉御。また、稼いで、豪遊と行きたいぜ」
「あぁ、そうだな。おい、いつも通りの手筈でやるよ」
女がそう言うと、部下達が一斉に返事をする。
レイはそんな事を露知らず、銀行へと来ていた。
ここはレイの持つ銀行であり、この街で最大の銀行であった。
レイは頭取から状況を聞きながら、必要な書類にサインを入れる。
頭取はチャールズと言う老齢の男だ。
昔からレイの一家に仕えており、真面目な男だった。
「当主様、今週末にロスに融資をする為の金を運ぶのですが」
「そうだったな。警備は充分に?」
「はい。警察と協力して、万全な警備体制であります」
「とても大きな融資ですからね。私も当然、同行しますが・・・強盗だけが気がかりですね。保険を掛けるにも高額過ぎて、仮に襲われてもこっちは損しかしない」
レイは溜息をつく。
まだ、警察力が全土に及ばない時代、列車強盗は度々、起きていた。
金塊などを輸送させる時は保安官が列車に乗り込むだけでは無く、銃の腕に自信のある用心棒を雇ったりする。
「今回は僕も同行しようかと思っています」
レイの提案に頭取は驚く。
「当主様、自らですか・・・ロスまでですと往復で1週間ぐらい掛かりますよ?」
「ふむ。ロスの会社の視察もしたいしね。この街も落ち着ている今なら、良いかと思って」
「そうですか。しかし、警備は万全とは言え、強盗が襲って来ないとも限りません。大変、危険だとは思いますが」
「金を積んで無くても襲われる列車もあるんだ。むしろ、警備がしっかりしている方が安全じゃないかな」
「なるほど・・・解りました。当主様の席を用意しておきます」
「ありがとう」
レイは銀行を後にする。
街中は馬車と自動車が行き交い、賑わっていた。
一見、平穏そうな街だが、それでも犯罪は彼方此方で起きている。
犯罪率の高さは街の富に比例する事を考えれば、この街はそれなりに栄えているのだろう。
この街の支配者として君臨するレイからすれば喜ばしい事でも、結果的に犯罪者を多く抱える事になっている事に杞憂する事になっている。
車で屋敷に戻る途中、酷い身なりの少年が男に追われているのが見えた。「あれは何だ?」と運転手に尋ねると「乞食の少年ですよ。万引きか何かをしたんですよ」と運転手は答えた。
「そうか」
レイは路地へと逃げてゆく少年を眺めながら、この街の闇を見た思いになる。
場末の酒場。
裏通りにあり、客層は悪い。
安酒に不味い飯。
そんな酒場でも低賃金の労働者やチンピラにとっては居心地の良い場所だった。
そんな場所に1人の女が現れた。荒くれ者ばかりの中に現れた一輪の華。だが、それはとても鋭い刺を持つ薔薇。
誰もが見惚れるが、近付く事を赦されない。
彼女は自信に満ちた笑顔で席に座る。
そこに一人の男が現れる。
「姐さん、約束の物です」
彼は彼女に封筒を渡す。彼女は封筒から書類を取り出す。
「よく調べてあるわね」
感心したように女は書類を眺める。
「それで・・・その・・・」
男のソワソワした態度を見て、女は笑みを零す。
「解っているわ。報酬よ」
女は懐から紙幣を取り出し、男に渡す。
それから女は酒を一杯、飲み、酒場を後にする。
そんな彼女の後を数人の男がついて歩き出す。
良い女を見たら、誘いたくなる。犯罪者共なら、犯したくなる。
それが心理だろう。日も暮れ、暗くなる路地裏。
女はその路地をただ、歩く。
男達は息を潜ませ、女の背後へと近付く。
ニヤリとしていた彼等の口元。
力で女に負けるはずがない。ましてや、数が違う。ナイフも拳銃だってある。
女一人を犯すには余裕だった。
男の1人が意を決して、女に飛び掛ろうとした。
刹那、路地裏に銃声が鳴り響く。
女に飛び掛ろうとした男の頭が吹き飛んだ。
「姉御、蠅が飛んでますぜ?」
女に声を掛けた男の手にはソードオフされた水平二連散弾銃が握られていた。
女は振り返り、倒れた男を見下した。
「あら・・・本当、だから、安い酒しか飲めない店は嫌なのよ。残りの蠅も始末しておいて」
そう言い残すと、女はそこに用意されていた馬に飛び乗る。
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