第5話 豚

 イブキは笑みを浮かべながら、刀の背で跪く署長の身体を叩く。彼はそのまま床に転がった。

 「さぁ、豚。誰が主様か答えろ」

 その言葉に怯え切った署長は泣きながら叫ぶ。

 「レイ様です。レイ様が主様です」

 「そうだ。覚えろ。忘れぬようにしっかりと刻んでやる」

 イブキは署長の身体に刀の切っ先でロベールと刻んだ。その激痛に署長は耐えた。

 それの苦痛に満ちた表情を眺めたイブキは笑みを浮かべながら、床に転がり、痛みに耐える署長の腹に蹴りを入れる。そして、唾を吐き掛け、高らかと告げた。

 「忘れるな。次に裏切ったら、お前もお前の家族も・・・否、一族を皆殺しにする。いいな?」

 イブキは刀を鞘に納め、その場から立ち去った。


 翌朝、エヴァンス一家に警察が家宅捜査に入った。

 容疑はロベール家襲撃容疑であった。

 無論、エヴァンス一家の長であるジャックは怒り狂った。

 「俺を捕まえられると思っているのか?後悔する事になるぞ?お前もお前も、お前等全員、皆殺しだ!良いか?皆殺しだぞ?」

 その言葉も居合わせた警察官達には通じなかった。

 「黙れ・・・俺らの心配をするより、自分の心配をしろ」

 刑事の一人が気の毒そうに言う。それにジャックは訝しく尋ねる。

 「どういうことだ?」

 「お前・・・ロベールさん所の狂犬を怒らせたんだよ」

 「へっ・・・何が狂犬だ。あんな金を持っているだけの豚が何を言ってやがる」

 ジャックは笑った。警察官達は彼に縄を掛け、他の仲間達と共に外に留めておいた馬車へと向かう。

 「留置所なんて、すぐに出てやる。そして、警察署を丸焼きにしてやるからな」

 ジャックは護送車に詰め込まれる時も騒ぐ。その様子を眺めながら、刑事は溜息をついた。

 「その留置所から生きて出られたらな」

 その一言をジャックが聞いていたか解らぬまま、彼を乗せた馬車は走り出した。

 

 ジャックは荒々しく、留置所の牢屋に放り込まれた。そこは独居房であり、簡素なベッドとトイレしか無い場所だった。

 「くせぇ・・・便所掃除はちゃんとしてやがるのか?」

 ジャックは看守に喚く。他の房でも仲間達が騒いでいる。エヴァンス一家の主たる者達が捕まったのだろう。声だけでも知り合いが何人も居た。

 「兄弟たち!まだ、捕まってない奴が必ず、助けに来る。助けが来たら、こいつらを皆殺しにして、今度こそ、ロベールの坊ちゃんをぶっ殺すぜ!」

 ジャックの言葉に牢屋は大騒ぎになった。

 そして、夜の帳が落ちる。

 

 警察署の前に車や馬車が停まる。

 降りて来たのはエヴァンス一家の残党である。彼等は拳銃や散弾銃、小銃などを持ち、襲撃の用意をしていた。

 「扉を破れ。珍しく立ち番が居ないな。サボりか?」

 その群れのリーダー役がランプで周囲を眺める。警察署に灯りは点いているが、人の姿が無かった。警察署なら、常に入口に見張りが居るはずだった。

 「まぁいい。ボスを救い出すぞ」

 彼は全長を切断して短くした水平二連式散弾銃を手にしながら警察署の入り口へと向かう。

 刹那、先頭を歩く男が突如、倒れた。

 「なっ?」

 突然の事に全員の動きが止まる。地面に落ちたランプが割れて、油が燃え上がる。

 更に別の男が倒れた。

 「矢だ!弓矢だ!」

 倒れた男に刺さった矢を見て、彼等は慌てて、車の影などに飛び込む。

 「ど、どこからだ?矢ならせいぜい、30ヤードぐらいだ。近くに居るぞ」

 男達は暗闇に目を凝らす。そして、自らが持つランプなどの灯りが敵に位置を知らせていると解り、それらを消した。

 男達は耳を澄ませる。視界がダメなら耳が頼りだ。それはこの時代に生きている者なら誰でも解る事だ。

 「ぎゃ」・・・「ひゃ」・・・

 短い悲鳴が彼方此方で聞こえる。

 リーダーの男はそれを聞きながら、何が起きているのか解らなかった。

 「あ、足音さえ聞こえない。ど、どうなってやがるんだ?おい!誰か返事しろ!どうなってるんだ?」

 恐怖の余り、彼は皆に呼び掛けた。その時、首筋に冷たい何かが当たる。

 一瞬、驚いた。それが彼の最期だった。


 眠りから覚めたジャックはそろそろ、助けが来る頃だと思っていた。

 「不味い飯だったなぁ・・・口直しをしてからじゃねぇとあの坊やの所に行けやしねぇ。くそっ・・・おい!看守!大人しく出したら、命を助けてやるぞ?おいっ!聞いているのか?」

 ジャックは看守に声を掛けるが、姿が無かった。

 「へっ・・・俺の助けが来て、逃げ出したのか?」

 ジャックは笑いながら牢屋の外を見ていた。

 コツコツコツ

 足音だけが響き渡る。

 「へへへ。ようやく助けに来たか」

 ジャックは鉄格子に捕まり、仲間の顔を見ようとした。

 「ここは豚小屋ですか?あまりに酷い臭いです」

 そこに居たのはメイドだった。黒髪を背中まで垂らした日本人形のようなかわいらしさを持ったメイド。彼女はその可愛らしい顔を嫌そうに歪ませ、汚物を見るような目で牢屋を眺める。

 「て、てめぇ・・・誰だ?」

 ジャックは驚いて叫ぶ。彼の仲間達も牢屋の中から怒鳴り始める。

 「五月蠅いですね」

 そう言った瞬間、メイドは手にした短く切断された水平二連式散弾銃を片手で撃った。弾丸は牢屋の中に居たジャックの仲間の男の顔面を破壊した。

 「わぁああああ!マイルス!マイルスっ!」

 同じ牢屋に入れられていた仲間が倒れた男の名前を呼び続ける。それを鬱陶しそうにメイドは呼び掛ける男も撃った。

 「黙れ豚共・・・死にたいのか?」

 メイドは冷たく言い放つ。それに戦慄したジャックは怯えたように尋ねる。

 「あ、あんたは・・・ロベールの家の奴か?」

 そう尋ねられたメイドはニコリと笑みを浮かべた。

 「豚に答える言葉など存在しませんが、そう尋ねられれば、そうだとお答えします」

 メイドは弾を撃ち終えた散弾銃を床に落とす。そして、腰に提げた日本刀を抜いた。

 「や、やめてくれ。襲ったのは謝る。脅しのつもりだったんだ。べ、別に殺すつもりなんてなかったんだ」

 ジャックは必死に謝る。その間にメイドは牢屋の鍵を開けて、中に居た囚人を殺し始める。悲鳴と怒号が上がる中、牢屋を一つづつ、開けて、殺戮するを繰り返すメイド。横並びに設置された牢屋の中で何が起きているかが解らないジャックは音だけに怯えるしかなかった。そして、彼の牢屋の前にメイドが立った。手にした刀には血が滴っている。

 「ふむ。斬り過ぎて・・・刃が鈍りました」

 メイドは刀を一閃させ、刃に付いた血を吹き飛ばす。それはピシャリとジャックの顔に付着した。ジャックは慌てて、それを袖で拭き取る。

 「ひぃ、ひぃいいいい。た、助けてくれ。何でもする。ロベールの下僕にだってなる。頼む。助けてくれ」

 尻餅をつき、後退る情けない姿のジャックを見下ろすメイド。その瞳は明らかに彼を蔑んでいた。

 「はぁ・・・くだらない。豚を犬として飼う家がどこにありますか?」

 メイドは刀を鞘に納めた。それを見て、ジャックは僅かに安堵する。

 カチャリ

 メイドは腰からコルトアーミー51パーカッション回転式拳銃を抜いた。

 スルリと片腕を伸ばし、銃口を牢屋の中のジャックに向ける。

 そして銃声が響き渡った。

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