第7話 護衛計画

 レイは1週間の視察旅行の為に多くの仕事を前もって、済ませた。

 膨大な書類にサインを入れ、粗方の事に指示を出す。

 あまりに忙しく数日が過ぎた。

 「ようやく仕事が終わったよ」

 レイはお茶を持って来たイブキにそう告げる。

 「お疲れ様です。お茶をどうぞ」

 イブキは丁寧にお茶を淹れた。

 「これは日本のお茶だね?」

 ドイツ製のティーカップに緑色の茶が注がれている。

 「はい。珍しく日本から取り寄せられていたので」

 レイは一口飲むと少し眉を顰める。

 「変わった味だね」

 「お気に召しませんか?」

 「いや、美味しいよ。ただ、初めての味でね」

 レイは再び、カップに口をつける。

 「それより、主様。街で噂を聞きまして」

 「噂?」

 「はい。何でも荒野の薔薇とか呼ばれる強盗がこの近くに来ているとか」

 「荒野の薔薇?それは変わった仇名だね」

 「リーダーが女らしいです。薔薇の刺青があるとか」

 「女性がリーダー・・・へぇ・・・あっ・・・」

 レイは何かに気付く。

 「ひょっとして・・・うちの銀行の金塊輸送の計画を嗅ぎつけたとか?」

 「そうでしょうね。どれだけ慎重に隠しても、これだけの計画が漏れないわけがありません。ましてや、この街では」

 その瞬間、レイは真っ青になる。

 「ど、どうしよう・・・列車強盗なんて」

 「安心してください。警備にはうちの傘下にあるボークス探偵社が仕切ってます」

 「あぁ・・・そうだね。だけど不安だよ。街の連中を抑えるだけでも大変なのに」

 レイは不安を口にする。

 

 金塊輸送計画は予定通りに進み、5日前になった。

 護衛計画書を携えて、ボークス探偵社の代表がレイの屋敷を訪れる。

 齢50を過ぎた男だが、屈強な体躯がそれを思わせない。

 彼は陸軍騎兵隊で大佐までになった経歴の持ち主だ。

 レイは立ち上がり、彼を招く。それに対して深くお辞儀をした男は部屋の中へと踏み入れた。

 「カール代表。お久しぶりです」

 「レイ様、お久しぶりです。忙しくて、なかなかこちらに顔を出さず、申し訳ありません」

 カールは再び、深々と頭を下げる。

 「いえいえ。それより、計画の説明をお願いします」

 「はい」

 カールはレイの前に用意された椅子に腰掛ける。

 彼に帯同してきた男が鞄から書類を取り出す。

 「今回は大規模な護衛計画となります。こちらとしてはほぼ、総動員する形になりました」

 レイは手渡された書類を眺める。そこには必要な人員や武器、弾薬などが表にされており、尚且つ、必要な経費などが記されていた。

 「仕方がないですね。予算に関しては了承します。しかし、これだけの人員となると・・・足りないのでは?」

 「はい。既存の仕事もありますから・・・臨時に雇用しようかと」

 「そうなると・・・この街のならず者なども雇う事になるのかも?」

 レイの不安はカールも考えていた。

 「確かに・・・まぁ、配置などを考慮するつもりです」

 「その辺に関しては、代表にお任せします」

 「ありがとうございます」

 30分にも満たない会議は終わる。

 カールはお茶を飲み干してから立ち上がる。

 「レイ様の護衛も私を含めて、3人が付きますが・・・イブキも同行させますか?」

 カールはイブキを見た。

 「あぁ・・・身の回りの事も頼みたいからね」

 レイは当然とばかりに答える。

 「でしょうね。そう思って、数を抑えておきました。イブキが居なければ、1個小隊ぐらいは必要でしたからね」

 カールは笑う。イブキは少しムッとした。

 「カール代表、あまりイブキを揶揄わないでください」

 「すまない。何せ、あれだけの実力を持つ奴は見た事が無いのでね」

 カールの言葉にイブキは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 「ははは。まぁ・・・これは欧州の商人から手に入れた物です。これを彼女にと思って持ってきました」

 そう言うとお付きの男が鞄から箱を取り出す。それをカールが手に取り、レイの前に差し出す。箱が開けられると中には銀色に輝く拳銃が現れた。

 それを見たレイは驚く。

 「変わった形の拳銃ですね?」

 「モーゼル社のC96と呼ばれるオートマティック拳銃です」

 「オートマティック?」

 「リボルバーと違って、空薬莢を外に出しながら撃てます」

 「どういう意味ですか?」

 レイは不思議そうな顔をする。

 「リボルバーは御存じの通り、弾倉が回って、弾を撃っていきます。これだと、空薬莢が弾倉に残ったままになり、排莢する手間があります。これは空薬莢を自動的に外に出します。それと同時にリボルバーよりも多くの弾丸が詰めれます」

 カールは銃を手に取り、ボルトを引いた。そして、クリップに留められた弾丸を銃の排莢口から圧し込む。そして、残ったクリップを外すと、引いたボルトがガチャリと前進する。

 「これで初弾が装填されました。ここのレバーが安全装置です。まぁ、普段、持って歩く時は撃鉄を落としておいた方が安全ですけどね」

 カールはレイに銃を手渡す。間近で見ると、銀色の銃には茨を模したような模様が彫金されていた。

 「これをイブキに?」

 「えぇ、今、使っているのは古臭いパーカッション式でしょ?さすがに今の時代には流行らないですからね」

 すでに時代は金属薬莢全盛であった。

 「イブキ。これを今日から持つと良いよ」

 レイはイブキに拳銃を手渡す。

 「私は・・・慣れている方が好きなんですが」

 それを聞いたカールが大笑いをする。

 「銃は新しい方が良い。射程も貫通力も倍は違うぞ。それにそいつは当たる」

 「当たる・・・それは1マイル先でも?」

 「あぁ、そうさ。目と鼻の先の相手を撃つだけの銃撃戦は終わりだ。遥か先の相手を撃つのがこれからの銃撃戦だよ。お前さんの剣だって、役立たずだ」

 その言葉にイブキは顔を僅かに顰める。

 「怒るなよ。お嬢ちゃん。本当の話さ。俺らでも怖いぐらいに性能が上がってるからな。遠くまで飛ぶし、連射も出来る。昔みたいに一発撃つ度に何分も掛けて、弾を込めるなんて、無いのさ」

 「そうですか・・・こちらは有難くいただきます」

 イブキは大事そうに銃を手にする。

 「そうしてくれ。それにあんたがそいつを持っている事でこちらとしても戦力が断然に上がるしな」

 カールはそう言い終えると、レイに挨拶をして、部屋を後にした。

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