42 それが本当に素顔なのか……?


 この街に初めて訪れた日、リィルさんの次に出会った二人目の異世界人。


 特別印象に残るような顔立ちでもないのにワタシが覚えていた理由を探せば、色々な思い出が浮かんでくる。

 でも、そのすべてを記憶の隅に追いやってくれる、何よりも強烈な情景が脳裏をよぎる。


 今思えば、さっきのリィルが壁を粉砕して登場したときに気づくべきだったんだ。

 あの、見ている人間に感動すら覚えさせる美しい挙動。


 そう、この人は――、


五回転半クイントアクセルさん!」

「待ってくれ。……あれっ? オレの印象って、もしかしてそれだけ?」

「これ以上何を求めるっていうんですかッ!? 足ることを知ってください!」

「オレは五回と半分回るだけで足りる程度の人間だった!?

 いや、さすがに器が小さすぎて何も乗せられないだろ、それ。自分で言うのもなんだけど、もう少しは大きいんじゃ」


「貴方に五回転半の何が分かるって言うんですかッ!? 勝手に知ったような口を利いて……謝って! 五回転半に謝ってください!」

「えっ、アッハイ。申し訳ないです…………これはオレがおかしいのか?」


 どう考えてもおかしいだろッ!

 いったいどんな人生を送ってきたんだ。こんな……さっきまでのシリアスを完全に無視して、ギャグに違和感なく移行する対応力を身につけてるなんてッ!


 あまりにも高い実力に、思わずゴクリッと唾を飲み込んだ。


 ツゥーッと頬を汗が伝っていく。

 まさか、これ程の人材だったなんて思いもしなかった。


 しかし、そんな彼でも……いやそんな彼だからこそ、ワタシの巧妙な話術には乗っかるしかなかったみたいだな。


 ふふふっ、リィルさんが零した言葉があまりのも深くて重い気配を滲ませてたもんだから、反射的にギャグ時空を展開してしまったぜ。


 でも、後悔なんてあるはずもない。

 あんな息苦しい空気の中に放り込まれたら、それこそ息が詰まって死んじゃうよ。


 心の中で大きく安堵の息を吐きだしながら、さすがに落ち着いただろうと思い、ゆっくり回り込むようにリィルさんの様子を伺った。


「……わぉぅ」


 アカンかった。まるで今のやり取りが目に映っていなかったみたいに、唇を噛み締めて瞳に暗い色の炎を灯すリィルさんがいた。


 まるで親の仇でも見つけた復讐者アヴェンジャーのごとき顔。

 漏らさなかったワタシを褒めてあげたちところだけど、さっきまでの命のやり取りで気づかないうちに漏水してたみたいだった。


 でも、今はそんなことを気にしてる余裕もない。


 リィルさんを何とか、ギャグこっち側に引きずり込まなかったら、またあの心臓を常時握り潰されるような空間に放り込まれてしまう。そんなのはゴメンだ。


(だからッ! ワタシは何をしてでもオマエを殺してみせるぞ――シリアスゥ!!)


 心の中でシリアスさんに宣戦布告をかましてから、揉み手をしながら尻尾を振り、上目遣いでビクビクしながらリィルさんに話しかけた。


「あ、あの、リィルさん?」

「……イディちゃん」

「は、はい!」


 振り返った顔が緩やかにニコッと笑ってくれたのに、自分でもどうしようもないくらい尻尾の速度が上がった。

 きっとワタシの顔もパァッと花が咲いたような笑顔を返しているのを思うと、気恥ずかしくもあるけどそれでこの場が収まるなら安いもんだ。


 良かったよぉ。これでワタシの平穏が、


「お座り」

「ワン!」

「いい子。そのまま待てだよ」

「ワゥンッ!!」


 ワタシの体はこの間の追い駆けっこで完全に上下関係を決定してしまったみたいで、下の者として全力で命令を守るみたいだった。


 命令よりワタシの平穏を守るために全力を出して欲しかった!


 ……いや、これはこれで守られてる、か?


 自分でも立ち位置が分からなくなってくるけど、座ってるから当たり前だった。

 アホ面で首を傾げるワタシをその場に捨て置いて、リィルさんがアミッジさんに向けて圧力すら感じさせる視線を投げかける。


 常人なら震え上がって動くこともままならないような空気。でもアミッジさんはまるで意に介してないように薄っすらと笑みを浮かべて返してきた。


「……どうしてこんなことを、とか。なんで裏家業なんて、とか。聞きたいこと、言いたいこと、たくさんあるけど……今は一つだけ訊く。……ねぇ、アミッジ」

「なんだ?」

「アーセリアがやってること……知ってたの?」


 感情を押し殺した声音だった。

 きっと今にも叫びたい衝動を抑えて、あくまでも冷静に、ただ事実を事実として直視するため、リィルさんは腹の底から湧き上がってくる色々を必死に抑え込んでる。


 その様子に、アミッジさんは少し悲しげな色を目に浮かべた。


「……ああ。知ってた」


 返ってきた言葉はとても簡潔で、それだけに聞き間違いようのない事実を突きつけてきた。

 ギリッと歯が軋む音が聞こえてくる。リィルさんの怒りが噴火寸前のマグマのように煮えたぎっているのが目に見えるようだった。


「じゃあ、本当なんだね。――アーセリアが子供を生贄にしてるって」

「……本当だ」


 あくまでも淡々と、事務連絡でもしているような声。


 アミッジさんの冷酷としか言いようのない態度に、リィルさんは溢れてくる激情をそのまま言葉にしようと思い切り口を開いて……そのまま閉じた。


 大きすぎる感情が喉の奥につっかえて出てこなかったみたいに……。

 ただ言葉の代わりに、一粒、リィルさんの瞳から雫が落ちた。




      ☆      ☆      ☆




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