41 面に隠されていたもの


 そいつはバッと風を切る勢いで顔を押さえた。いや、抑えてるのは顔じゃなくて、その上に張りついている真っ黒でのっぺりした面の方か。


「まさか、さっきの一撃で!?」


 仮面越しでも苦しげなのが分かるくらい、そいつは喘ぎながら呻いた。

 指の隙間から覗く面に白く一本亀裂が走ってる。その一本から細かなヒビが広がっていき、パキパキという音を立てながら全体を侵食していくのが見えた。


「んふ、本当に気づいてなかったんだ。いやどっちかっていうと、壊れるなんて考えたこともなかったのかな? まぁ、私には関係ないけどね」


 ニヤァッとリィルさんが口角を吊り上げる。これじゃあ、どっちが悪役か分からないな。

 案の定、そいつも目の前にいるのがまるで人間の皮を被った何かのように、認めがたい現実を拒否して勢いよく首を横に振っていた。


「あり得ない! あらゆる工程で魔術処理を施した最上級魔法素材の面を、魔力で強化していたとはいえ、ただの拳で破壊するなんて……お前、本当に人間か?」


 むしろ人間以外であってくれ、って感じに言葉の端々に懇願するような響きが含まれていたのは、ワタシの聞き間違いじゃあないだろう。


 その気持ちすっごい分かる。

 どう考えてもリィルさんが同じ人類とか信じがたいよね。


 勝手にシンパシーを感じていると、リィルさんは心外だと言わんばかりに手を腰に当てて、フンッと鼻を鳴らした。


「何それ、すっごい失礼! こんなに可愛いハーフ森人エルフを捉まえといて人外認定とか……貴方、絶対にモテないでしょ? 言わなくても知ってると思うけど、私はこの街じゃちょっとした人気者だよ?」

「……アーセムが枯れる日も近いな」


 その声は、まるで世界の終焉を予知してしまった賢者のような響きをしていた。

 それを聞いたリィルさんの額にも、そいつの面の亀裂と同じように青筋が走る。


「……んふ、んふふ、んぁっはっは! ……潰す」


 その声は、まるで世界の終焉ラグナロクを告げる角笛ギャラルホルンのような響きをしていた。


 いったい何を潰そうというのか……現幼女の元男として、これからアイツに振りかかる災厄を想像すると背筋に寒気が走って内臓が持ち上げられるような感覚がした。


 尻尾がお股を守るように丸まって、その上からさら両手で隠すように押さえてしまったのは完全に無意識だし、アイツに憐れむような目を向けたのは完全に意識的だった。


(――生きろ)


 いや、そういえばノノイさんたちの命を狙ってたな、コイツ。……うん。死んでくれて大丈夫だったわ。


「――覚悟をする必要はないよ。一瞬だから」


 リィルさんが片方の手を開いて突きだし、もう一方の後ろに引いた手を拳にして構える。

 握り込んだ拳から、ギチギチって空間そのものを握り潰しているような音が聞こえてくる。


 なんかもう……すべてを殴り壊すって意思が溢れてた。


 大きく足を開いて腰を落とす。ザッと靴の裏で砂利を噛んだ音が、最後通告のように沈黙の広がった空間に転がった。


「……仕方ないか」


 大きく息を吐いたみたいだった。


 アイツは全身から力を抜くみたいに、一度ガックリと肩を落としてからポツリと零した。そして、いよいよ年貢の納め時を悟ったように、立ち上がると両手を上げて降参のポーズを取った。


「……どういうこと?」

「そのままの意味さ。降参する、寛大な処置を頼むよ」


 さっきまで殺伐とした雰囲気がまるで嘘だったみたいに消えて、そいつからは飄々とした空気が漂ってきていた。


他人ひとのこと殺そうとしといて、そんなのが通ると思ってるの?」

「いや、思わない。だけど、きっと君は許してくれるだろう。なんと言っても君はマグリィルで、元とはいえ……アーセリアだからね」


 ひゅっと、喉を切り裂かれたような音が聞こえた。


「――ッ! なんで、それを!」


 今度はリィルさんが後退る番だった。


 構えていた拳を下げ、ふらつきながら逃げるように下がっていた。まるで過去に投げ捨ててきた罪が、今になって目の前に立ち塞がってきたように。


 ――パキッ、パキパキ。


 面にヒビが広がっていく音だけが異様に大きく聞こえる。


 そのヒビから直視し難い醜悪な過去が溢れてきているみたいに、リィルさんは弱々しく首を振るだけだった。


 その間にもヒビはその範囲を広げ、ついに面の全体を覆うほどになっていた。


 いつ崩れてもおかしくない。

 でも、あの面が割れて中身が見えたとき、リィルさんの中でも何かが崩れ落ちる。

 そんな予感ばかりが大きくなっていく。


 ワタシもリィルさんも緊張に縛られたみたいに身を固くする中、アイツだけが心地良い日差しの下で散歩をしているみたいに緩やかだった。


「知っているさ。オレは君とずっと一緒にいたからね。――リィル」


 ――パキパキパキッ、パキィンッ!


 ついに耐え切れなくなった面が軽やかな音を立てて割れた。

 リィルさんの拳に耐えたとは思えない、カラカラという薄っぺらい音をさせながら面の破片が床に転がる。


 でも、誰も割れた面のことなんて見てなかった。


 面の向こう、隠されていたアイツの素顔。それは、リィルさんはもちろん、ワタシすら見覚えのある顔だった。




「――アミッジ」




 リィルさんの声は、魂が抜け落ちたように弱々しかった。




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