37 街の暗部


 ワタシたちが曲がってきた分かれ道の分岐に、一つの影が立っていた。

 それは、まるで初めからそこに存在していたみたいに、微塵も気配を悟らせることなく、そこにいた。


 ぞわぁっと全身の毛が逆立つ。


 声がどうとか、何かに気づいたってことはなく。ただ漠然と、ワタシはそいつがこの集団のリーダーであることを直感した。


 本能が全力で逃げるように警鐘を鳴らしてくる。

 でもいくら動かそうとしても、手足への神経が切られてしまったみたいに、体は言うことを聞いてくれない。


 カタカタ震えて、尻尾を丸めることしかできなかった。


 まるで意思を奪われてしまったみたいに動けないでいるワタシたちの前で、そいつは空中を滑っているみたいにぬるっとした動きで近づいてきた。


「君たちは勘違いしている。我々に君たちを傷つける意思はない。先程の誘眠ゆうみんの魔術にしても、互いにとって無用な争いを避けるためだった。

 ……しかし、それが君たちの危機感を煽り、結果的に危険な行動を取らせてしまったのも事実だ。申し訳ない」

「ア、アンタたち、なんなのよッ!?」


 ノノイさんが切れ切れの息の隙間から喘ぐように叫んだ。

 体はまだ動かないみたいだけど、せめてもの抵抗にと目だけで気丈にも相手を睨み据える。


 しかし、相手はまるで意に介していないように進み、ワタシたちと一メートルの距離を空けて止まり、悠然と見下ろしてきた。


「我々はアーセムの落とす影、オールグの平穏を支える根。この度、そちらのマレビト様をアーセリアの元にお招きするために参った」

「……ッ! なるほどね、そういうこと。合点がいったわ」


 ノノイさんが何かに気づいたように目を尖らせた。


 隣からの剣呑な空気を感じながら、ワタシもある種の確信を持った。

 言ってることが漠然としていて、明確な言葉は聞けなかったけど、いくら鈍いワタシでも理解できる。


 コイツら――暗部ってヤツだ。


 これだけ大きな街だから裏を取り仕切る組織があるのは当然だし予想もしてたけど、まさか表とガッツリ繋がってるとは思わなかった。

 いや、この口ぶりからすると、そもそもこの人たちのあるじがアーセリアって人だか組織だかの可能性まである。


 頭の中でいろんな可能性がぐるぐるして吐きそうだった。


 相変わらず体は震えっぱなしで、一向に動く気配は見せてくれない。

 顔を上げることもできない。なす術なんてない、このまま攫われるしかない……そう諦めをつけようとしたとき、俯いた視界に褐色の足が映ってきた。


「――なら、余計にこの子を、アンタら渡すわけにはいかなくなったわ」


 顔を上げると、ノノイさんがワタシとそいつの間に立って両手を広げていた。


 声も体も震えてる。それでもノノイさんは動いてた。

 こんな出会ってから間もない、さっきまで見ず知らずだった子供を庇うために、動いていた。


「……理由を聞いても?」


 そいつが上から覆いかぶさるように覗き込んできた。

 言葉にできない圧が襲いかかってきて、息苦しさすら覚えた。


 ……それでも。


 いつもの気丈さは欠片もなかったけど、体魔震えていたけど、それでも口の端を吊り上げて、その圧を吹き飛ばすように、ノノイさんは鼻で笑った。


「……ハッ。あんまり私たちを甘く見ないでもらおうかしら。全部、調べはついてんのよ。今、街で噂になってる『アーセリアの裏切り』。あれは、あの外から来た徒人ヒュームが広げた、胡散臭い陰謀論じゃない……生贄は実際に行われてる」


 相手の目があるはずの場所をまっすぐ見据えて、ノノイさんは断言した。


 この街は、腐ってると。


「……なるほど」

「ひッ!?」


 ぐりんッと首だけが回転して、そいつの顔がシュルカさんに向けられた。


 ずっと息を潜めるみたいに黙っていたシュルカさんから短い悲鳴が漏れる。

 まるで子供を攫っていく悪魔に見つかったみたいに、その目が絶望に染まる。


籠守かごもりから漏れたか……だが契約そのものは死んでいない。つまり本人が喋ったわけではない、というと……ああ、なるほど。あの、緑人族オーク祈祷師シャーマンか」

「……ッ!?」


 ノノイさんが息を飲んだ。


「驚くほどのことじゃない。先程の誘眠の魔術を打ち払った咆哮ハウル。あれは肉体ではなく霊魂に作用するものだった。あの短さであれだけの威力を出すのは、ただの戦士には無理だ。

 それだけ霊魂に精通する祈祷師がいるなら、今代の籠守を依り代にそれ以前の籠守を降霊し、内容を聞きだすことぐらいはできるだろう」


 種をすべて明かしてみせたそいつに、ノノイさんは好戦的な笑みを深めた。


「……フンッ! その通りよ。あの徒人ヒュームが持っていた孤児たちの資料は、あまりにも詳細な記録だった。他の子供たちを救出するついでにその資料を見つけた私たちは、シュルカに接触して、アンタが言ったように降霊術で」

「ああ、いい。解説を長々と聞くつもりはない。そんなことをしても無駄だ」


「……どういうことよ」


 手を上げて遮ってきたそいつに、ノノイさんは噛み砕かんばかりに歯を食いしばった。

 まるで聞き分けの悪い子供にするみたいに、そいつはノノイさんと目線の高さを合わせると、説き伏せるみたいに言った。


「大方、あの緑人オークが救援に来るための時間を稼ぎたいのだろうが……それは徒労だ。――当の昔に、すべて終わっている」


 ひゅっと、ノノイさんの喉から切り裂かれたような音が漏れた。




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