36 逃げ道は暗闇の先に


 本能に従って四つ足で走る。地面を滑るように突き進むワタシの姿を見た瞬間、一番手前にいた相手がハッと何か気づいて動きを止めた。


「攻撃中止! ターゲットだ!」


 その声に、後ろの二人も今にも振り下ろそうとしていた手を慌てて止めた。


 なんでかは知らないけど好都合だ。

 どうやら相手はワタシのことも捕まえたいらしい。

 しかも、できる限り無傷で。


 それならワタシとノノイさんだけでもチャンスがあるかもしれない。


「どけぇ~~~ッ!!」

「クッ!? 止まれ! 我々に貴女と敵対する意思は」


 わざと大きな声を上げながら相手向かって突進する。

 ワタシの勢いを押し止めようと、手を前に突きだして敵が何かを喚いているけど、そんなことはどうでもいい。


 少しでもワタシに注意を集めて、ノノイさんが奇襲をかけやすくするんだ!


接続コネクト変質アルケミー固定ロック!」


 背後からささやくような声が聞こえてくる。

 すると相手の足元や壁の木板が、まるで石を投げ込まれた水面みたいに一瞬だけ波打った。


「頼む! 一度止まって我々のな゛ッ!?」


 次の瞬間、壁が溶けた。見間違いでもなんでもなく、本当に壁がドロリと変形して、スライムみたいに相手に襲いかかったていた。


「ぐぅッ、これは魔……ッ!?」


 壁や床だった物が、まるで生きているみたいに相手に絡みついていき、そのまま目と口を塞いで完全に拘束してしまった。


「……すっげぇー」


 思わず感嘆の声を漏らして足を止めてしまった。


 こっちの世界に来てから初めて魔法らしい魔法を見たかもしれない。

 いや、超常現象って意味ならリィルとかゼタさんの身体能力も明らかに普通じゃなかったけど……アレはなんか違うだろ。


「はぁー……すっごぉ」


 目の前で起こったことが信じられなくて、誘われるように変形した木に手を伸ばし……、


 ――バチィッ!


「ン゛ゥウウッ!」

「わひぃ!?」


 弾けるような音と一緒に閃光が走って、慌てて手を引っ込めた。


「わぅ、わぅ!?」


 び、びっくりしたぁ!

 手を守るように胸の前で握りしめながら後退った。胸の下で心臓が飛び跳ねるみたいにドキドキしてうるさい、鼓動が手にまで伝わってきてる。


「はぁ、はぁ……ふぅ~」


 落ち着こうとして浅く呼吸を繰り返す。何度か息を吐きだしてるうちに、ようやく心臓の音が静かになってきた。

 なんとか自分を落ち着かせながら、もう一度恐る恐る覗き込んでみると、


「……うわぁ」


 下手人は焦げ臭いをさせながら白眼を剥いて失神していた。

 口の端から泡を吹いてるのを見ても、結構な威力だったのが分かる。

 きっとノノイさんの魔法なんだろうけど、かなりえげつないこと平気でするな、あの人。


 それにしてもマジで驚いた。ドッキリとか止めてくださいよ。

 ほらぁ、尻尾もこんなに丸まっちゃって、勢い凄くて先っぽがお腹を叩きましたよ。


 まぁ? 別にビビった訳じゃないですけど?

 ちょっと心臓が家出しそうになっただけだから!


「まったくワタシの心臓は思春期で多感なんですよ? 扱いには気をつけてもらわないと困」

「コラッ!」


 ――パァン!


「わひゃいッ!?」

「ぼさっと突っ立ってない! ボーッとしてる余裕なんてないのよッ!」

「は、はいぃ!」


 追いついてきたノノイさんに擦れ違いざまにお尻を叩かれて跳び上がった。

 凄い形相で睨まれてしまって、一層尻尾が縮み上がって心臓がキュッとした。

 今度は家出じゃなくて引き籠りになったみたい。


 いや、余裕がないのは分かるんだけどお尻叩く必要なくないですか?


 文句を言ってやりたかったけどそんな暇もなく、先に行ってしまったノノイさんの背中を慌てて追い駆けた。


「……うん。怪我とか大丈夫そうね」


 ノノイさんは廊下の隅に寝かされていたシュルカさんと、おそらく話に出てた子供たちを触診して無事を確認していた。


 みんなただ眠っているように見える。

 ここが薄暗い廊下じゃなかったら、いろんな種族の子供たちが一緒に雑魚寝してるとか、ほっこり不可避な和みシーンなんだけどなぁ……。


 そんな場違いなことを考えてると、ノノイさんが本を片手に何事か小さく呟いてからシュルカさんの額を軽く指で突いた。


 すると、シュルカさんの目蓋がピクピク動いてから薄っすらと開かれた。


「うっ、んん、あれぇ? なんでノノイさん……ハッ!?」


 自分の状態とか、今がどんな状況かとか、色々一斉に思い出したんだろうな。シュルカさんは文字通り跳ね起きると慌てて辺りを見渡した。


 そして、隣りにさっきまでの自分と同じように眠っている子供たちの姿を確認して、大きく息を吐いてヘタッと座り込んだ。


「良がったッズぅ~」


 何よりもまず子供たちの安否を確認するあたり、この子たちが本当に大切なんだろうな。


 涙目になってぐずりだしたシュルカさんに、ノノイさんは優しい目を向けながらも一切動きを止めず、顔をあちこちに向けさせて瞳孔とかをチェックしだした。


「目が覚めたみたいね。落ち着くのを待ってあげたいんだけど、そんな時間もないのよ。悪いけどすぐに移動するわ。子供たちは起こさないでこのまま運ぶ」


 軽くシュルカさんの状態を確認し終えると、ノノイさんはすぐに子供たちの傍らに座り込んで何やら準備を始めた。


「ノノイさん。いったい何があったんスか?」

「移動しながら話すわ」

「了解ッス」


 取りつく島もない返答だったけど、シュルカさんは特に気にした様子もなかった。


 ノノイさんは懐から光沢のある布を取りだすと、子供たちをその上に乗せた。

 すると布がわずかに浮かび上がって、滑るようにノノイさんの後をついて行くようになった。


「よし、問題ないみたいね。それじゃあ、さっさと移動を」

「どこへ行こうと?」

 

 突如聞こえてきた第三者の声に、ワタシたちは一斉に振り返った。




      ☆      ☆      ☆




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