30 たったひとつの策 逃げるんだよォ!


 パラパラと扉だった物の残滓が降り注ぐ。レンガ造りの壁も崩れ、随分と風通しのいい間取りになってしまっていた。


「……って、いやいやいや!? 何事?」

「イディちゃん! 呆けてないで、こっちに来るッス!」

「わほぉ!?」


 扉を見つめて固まっていると、シュルカさんにひょいと小脇抱えられて壁際まで運ばれた。どうやら、ことはワタシが思ってる以上に切羽詰まってるみたいだ。

 シュルカさんの表情からさっきまでの快活さがなくなって、焦りに強張っている。


 もうもうと立ち込める煙が徐々に晴れていくのを待たず、ノノイさんンが扉とワタシたちを遮るように前に出る。

 左手にはいつの間に構えたのか古めかしい本が開かれていて、右手には柄頭に宝石がはめ込まれた短剣が握られていた。


「最悪……術式まで使って警戒してたのに、すり抜けて尾行してくるなんて」


 ノノイさんの頬をツーッと汗が伝っていくのが見えた。


 さっきまでのやや高慢とも取れるような態度だった人が緊張に震えている。

 擦れ違うときにチラッと見えた横顔は余裕のない色の瞳を鋭く尖らせられていた。


「ノノイさん! 子供たちを逃がしたらすぐに援護に来るッス!」

「必要ない! そのまま子供たちと逃げなさい!」

「でも!」


 躊躇したようにシュルカさんの足が止まった。


「いいこと!? 私たちの勝利条件は子供たちを無事に元の生活に戻してやること! 敵を倒すことじゃないッ! はき違えるんじゃないわよ!」

「けど、それじゃあノノイさんがッ!」


「……私は、あの子たちの元の生活にはいなかったでしょ。でも、アンタは違う。アンタがいなくちゃ、あの子たちは元の生活に戻れない。

 ……それに! 私、子供って苦手なのよ。走り回ったり、勝手にもの触ったり、好き放題してくれちゃって。騒動が落ち着いた後までまとわりつかれでもしたら、うるさくて堪ったもんじゃないわ」


 お道化るみたいに大げさに肩を竦めて、ノノイさんは肩越しにニヒルな笑みを寄こしてきた。


 ――カ、カッコイイッ!


 今のは『キュン』ときましたよ。そんな、大量の敵軍を前に殿しんがりを買って出るみたいなことするなんて……ッ!


 でっけぇよ、アンタ。ノノイさんの小さい背中はでっけぇよぉ!!


「アンタは後でお仕置きだから」

「なんでですかぁ!?」


 ビッと短剣の切っ先を突きつけられて、ジト目を向けられるのには涙を禁じ得ませんね。いったいワタシが何をしたっていうのか、理不尽ですよ。


「さっ、そこの悪ガキ連れてさっさと行きなさい。時間は私が稼いで」

「行かせるとお思いですか?」


 煙の向こうから、なんかねちっこい感じの声が響いてきた。


「まったく、ノックに返答もしないとはこれだから混ざりものは」

爆ぜろバーストッ!」


 ――バァン!!


 煙が完全に晴れるのを待つことなく、ノノイさんの一手が繰りだされた。

 鋭い破裂音と共に手榴弾のような爆発が辺りを揺るがして、煙の向こうにいる相手に襲いかかる。


 ……なんてこと。口上を待たずにぶちかますなんて。

 ノノイさんにはお約束なんて関係ないんですね。


「……名乗りの最中に攻撃とは、野蛮なことこの上ない。やはり混ざりモノに礼節を理解しろという方が無理な話ですか」

「シュルカ! ぼさっとしてないでさっさと行きなさい!」


 ノノイさんの叱責に、シュルカさんは思い出したように地面を蹴った。


「逃がすとお思いですか?」


 しかし、踏みだそうとしたところで目の前に振ってきた影に行く手を阻まれてしまう。完全に挟み込まれてしまった。


 シュルカさんは素早くワタシを下ろすと、装着していた手甲から鋭い鍵爪のような武器を展開して構えた。


 ワタシは二人の背中に挟まりながら、襲撃者の影を交互に見やった。


 ……これって、実はかなりまずい状況なのでは?


「ふぅ、まったくこんな混ざりモノ臭いところに足を運ばなければならにとは。しかし、これも仕事ですからね」


 ノノイさんの起こした爆風で巻き上げられた土煙が、さらに暴風で払われた。


 煙の向こうには目深にフードを被った人物が、汚れ一つない状態で立っていた。

 しかも一人じゃない。背丈はまちまちだけど、同じ格好をした奴らがズラッと横並びに建物ごとワタシたちを包囲していた。


「チィッ! やっぱり無傷か。こうなったら私たちでここをどうにかするしかないわよ、シュルカ。しかもお荷物を抱えながらね」

「ククッ、さっきあれだけ苦手って言った、そのお荷物を放りだす気はさらさらないッスもんね? ホント、ノノイさんは優しいんッスから~」

「うっさい!」


 周囲を警戒しながら、緊張を和らげ合うみたいに軽口を叩く二人。

 こんな状況になっても、欠片も諦める気配がないのは勝算があるからか、それとも単なるカラ元気なのか……。


 まぁ、どっちしてもワタシが死にそうなのは変わりないんですけどね!


「お二人で道を作っていただければ、ワタシだけ逃げることができると思います!」

「アンタね、この状況でよくもそんな身勝手な……いや、アリね」

「……へ?」


 軽口に参加しようと、ふざけた提案をしたらノノイさんから思わぬ返答がきた。


「アンタがここにいても邪魔になるだけだし、それなら一人でも離脱させた方が私たちの負担も減る。

 ついでに奥にいる子供たちを先導して、ここから逃げることもできる。アンタ狡っからいけど、それなりに頭は回るみたいだから、それくらいはできるでしょ?」


「い、いやいや、ワタシってば結構自分のことで手一杯なんですが!?」

「そんなこと言って、広場じゃリィルのことを助けようと飛びだそうとしてたでしょ。アンタは子供とか友人を見捨てるっていう、目覚めの悪いことは嫌い。違う?」

「ぐぐぐっ」


 なんてこった。この人、ただのツンデレさんだと思ってたのに、思いのほか人のことをよく見てやがる。


「知り合ったばっかりの子に頼むのは酷ッスけど、お願いッス! イディちゃん」


 そんな純真な目を向けてこないでください。自分の卑しさに殺されそうなんで。


 なんかどんどん逃げ道が塞がれていってるんだけど……あれ?

 ワタシを逃がしてくれるって話じゃなかったでしたっけ?




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