26 路地裏は危険がいっぱい!?
慌てて手をバタつかせて振りほどこうともがいた。
でも、背後の下手人はその大きな手に見合った力強さで押さえつけてくる。
そして所詮ワタシは幼女……抵抗もむなしく、そのまま抱えるようにして宙吊りにされてしまった。
――なんでこの世界の住人は幼女を空中に拘束したがるんだッ!?
体の自由が利かない恐怖にぐる目になっていると、脳裏に広場でリィルさんが話していた内容がフラッシュバックした。
『児童誘拐』
サァッと血が一気に引いた。まさか自分が狙われるなんて考えもしなかった。
だとしても……フラグ回収速すぎません!?
これから起こり得る色々をリアルに想像してしまって、自然と涙が溢れてきた。
「ん~ッ! ん~ッ!」
なんとか助けを呼ぶだけでもしようと声を上げようとするも、分厚い掌に遮られてまともに音すら出なかった。
助けを呼ぶ手段がない、その事実が一層恐怖を駆り立ててきて半狂乱になった。
「静かになさい! 今あそこに行ったら、アンタもあの聴衆みたいに洗脳されるのよ! ああクソッ! 仕方ないわね!」
背後から焦れたように悪態が聞こえてくる。
内容は頭に入ってこなかったけど、何かをしようとしてるのは分かった。
その怒りを孕んだ声に、想像してた一つの未来が現実のものになるんだって確信が腹の底から湧き上がってきた。
――この場で処置されるんだ!
ワタシがその考えに至るのと間を置かず、頭の後ろに何か温もりを持った感触が押し当てられた。そして背後からブツブツと何事かが呟かれる。
恐怖メーターが振り切れる直前、小さく後頭部を小突かれたような衝撃があった。
それと同時に、さっきまでの恐慌状態が嘘みたいに気分がスッと落ち着いた。
「もう一度しか言わないわよ? 静かになさい、いいわね?」
耳元でささやかれた言葉にコクコクと頭を振ることだけで答えた。
「いい子」
フッと小さく微笑んだような気配があった。
そしてフワッと独特な匂いが鼻腔をくすぐった。
雨上がりの土と、乾燥させた
ことここに至って、ワタシはようやくその下手人が女性なのに気がついた。
――あ、焦ったぁ……!
手がすっごい大きいし力は強いしで、完全に男だと思ってた。
思い返してみたら声が完全に女性のトーンだ、パニックになりすぎて全然気がつかなかった。
まったくさぁ……相手が女の人だって分かってたらここまで暴れなかったよ。
(次からはアポとってくださいね?)
頭の中で背後に向かって愚痴を零した。
全身を満たしていく安堵に取って代わられるみたいに力が抜けてく。
もう完全に薄い本展開を覚悟してた。でも女性なら安心――、
「ッ!? まずッ」
「わふッ!?」
ホッと息を吐いた瞬間、背後にグイッと思いっ切り引っ張られた。
そのまま地面に押し倒されてポカンと呆けているワタシに、背後の女性は馬乗りになってガバッと覆い被さってきた。
突然のことに反応できないでいるワタシの口を、また大きな手で顔の半分ごと押えてくる。その段階になってようやく頭が回り始めた。
心臓が一際高く鳴って、血が沸騰したみたいに全身がカァーッと熱くなった。
(ま、まさか……ノンケでも食っちまう人ですかぁ!?)
この展開は予想してなかった。女性だったからって油断するべきじゃなかった。
こんな、路地裏っていってもすぐそこが大通りで、なんなら大勢の人が集まってる場所でも致そうとしてくる人だったなんて!
「頼むから気づくんじゃないわよ……!」
ああでも、なんでだ! 相手が女性って分かっただけで、なんか……悪くない。
いやいや、受け入れようとするなワタシ。男も女も関係ないから!
そこはわきまえてもらわないと。
「……ふぅ。行ったか」
でも、でもぉ! ドキドキが止まんないよぉ!
やっぱり薄い本展開に熱くなってしまうのか?
ああダメぇ、そんなワタシたち女同士なのに、こんなこと……!
「はぁ。九死切り抜け一生を掴むってやつね。アンタもよく我慢したわね」
いや、別に同性同士のそういうことに偏見がある訳じゃない。
でも、あんまりにも急だし、ワタシたちお互いのことも全然知らない。
出会って五秒で即合体はさすがにどうかと思うの……せめてベッドで。
「ちょっと、いつまでそんな格好でいるの?」
女性がわずかに体を起こして手を退けた。
褐色の肌に落ち着いた色合いの金髪。眼鏡越しに見下ろしてくる銀色の瞳は少し上向きにツンとしていて、気の強そうな視線を送ってきた。
至近距離からの視線とちょっと語気の強い感じ、俺様系に迫られてるようなシュチュに心がトゥンクと高鳴った。
こんな有無言わせない態度で床ドンなんて……従わざるを得ないよぉ。
「わうぅ、分かりました。脱ぎますから……お願い優しくして。初めてなんです」
赤くなってる顔を横に向け、目を潤ませながら力を抜いた。
「なんでそうなるのよ!? 恰好って服じゃなくて体勢のことよ!」
目の前の女性が器用にも小声で怒鳴るなんてテクニックまで披露してくる。この技量なら壁の薄いアパートでも容易に言葉攻めが可能だろう。
その衝撃的な事実にゾクゾクした感覚が背筋を走ってく。
さっきよりも鋭くなった視線に強者の風格が増していた。刺すような雰囲気にようやく自分の現状まで頭が回って、これじゃないってことに気がついた。
「あっ。ご、ごめんなさい……犬は後ろから激しくが常識ですよね」
「違う! 別に前からだっていいじゃない!」
「そ、そうですよね! 良かったぁ……ワタシも初めては前からがいいです」
「そういうことでもないのよぉ!」
なぜか女性は地面に手を着いて悲痛な叫びを上げた。でも、ちゃんと小声だった。
「なんで私の周りに集まるのはこんなのばっかりなのよぉ!」
四つん這いで地面を叩きながら喚いてるのを見つめて首を傾げた。
そこで自分の格好を見て、ハッと気がついた。
「す、すみません! ワタシ、こんな状況なのに……」
「ああ、良かったわ。ようやく正気に」
「首輪をしてないなんてッ!」
「違ぁあぁああう!!」
女性の声が路地裏の暗闇にひっそりと消えていった。
☆ ☆ ☆
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