25 そこに意思はあるのか?
空気がピンッと張り詰めた。
そこに集まってる全員の意識がギュッと収束して、リィルさんに向かってくみたいだった。
「『揺り籠』の子供の多くは独り立ちできる年まで院で学んで、手に職をつけて『揺り籠』から巣立ってく。……そりゃあね、同じ種族の里親なんて早々見つからないよ……普通なら」
それでもリィルさんの声は変わらずに平坦なままだった。
だから、少し……自分でも気のせいかなって思うくらいの、違和感を覚えた。
リィルさんがなんであんなにもワタシに執着したのかは分からない。
でも、あれだけ子供に思い入れを持ってる人が、子供が犠牲になってることをあんなに静かに話せるか?
もっと激高して、喚き散らすみたいに聴衆に訴えるんじゃないか?
少なくとも感情を全く揺らさないで話すのは、普通とは思えなかった。
「でも、『揺り籠』では必ず十五年ごとに一人、里親が見つかったって
でも、聴衆でそんなこと気にしている人はいなかった。
いや、むしろみんなリィルさんの言葉に引き込まれるみたいに、瞬きも忘れて聞き入ってる。
まるで、リィルさんの言ってることに欠片も疑いを持つ必要がないみたいに。
「しかも、その子たちは決まって里親の元に行く途中だったり、里親の元で事故に巻き込まれて亡くなってる……全員」
リィルさんが言葉を切る。その瞬間、まるで目を覚ましたみたいに数人がハッとして、困惑し切った顔で視線を泳がせながら声を上げた。
「そんな……いや、しかし。アーセリア様に限って、そんなことが? あり得るか? リィルちゃん、君はその、実際にそれを自分の目で確かめたのかい?」
「ううん。私は見てない」
「なら」
「でも。私の目の前で一人いなくなった。本当になんの前触れもなく、唐突に」
誰かがゴクッと息を飲んだ気がした。
「まるで初めから存在してなかったみたいに消えちゃった。でも絶対にいたんだ。
私はちゃんと覚えてる。あの子の少し高い体温も、柔らかい肌の感触も、今も手に残ってる。最後まで抱いてたんだ、腕の中にいたんだ。
それが一瞬で消えた、幻だったみたいに。この街で、あんなことができるのはアーセリアしかない」
とんでもない暴論だ。
リィルさんの目の前で消えた子供っていうのはワタシのことだろう。
確かにあの時はとにかく逃げることしか考えてなくて、二人が見てることなんて考えもしなかった。
一瞬前まで腕の中で拘束してたワタシが急に消えたら、そりゃあ驚くだろう。
でも、だからって他の子どもが行方不明になってることと一緒くたにするのは、あまりにも無理やりすぎるだろう。
そもそも、ワタシが目の前で消えたのは誘拐とは言えないのでは?
しかもそれが、アーセリアなる存在のせいだなんて、なんの根拠にもなってない。
力を持ってるから、やってるに違いない。証拠もなく、なんとなくの印象だけで決めつけてるような、お話にならない主張。誰が聞いたって筋が通らない。
そんな理屈が受け入れられるわけない……ない、はずだった。
「……それは……確かにおかしい」
誰かがポツリと零した。
同意とも取れないような何げない一言。でも、それが起点になった。
白い布に墨汁を落とすみたいに、じわっと聴衆の間で嫌な空気が広がってくのが分かった。
隣の人へ次々に伝播していって、そこにいる全員がその空気を自分のものとしていた。
「そうだ。おかしい……普通じゃない」
「何か隠されてる。陰謀だ」
次の瞬間、大広場の空気は一変していた。
さっきはあれだけ疑わしいと意見していた人が一斉にアーセリアを非難し始めた。
ブワッと、全身の毛が爆発したみたいに膨らんだ。
ぞわぞわした悪寒が足元から背中を駆け上がってきて、ぶるっと体を震わせる。
いや、傍から見たらおかしいのは君たちだよ。なんでそんなに簡単に自分の意見を翻せるのか、五分前の自分が言ってたことを覚えてないんだろうか。
まるで、そこに集まった人がみんなぐちゃぐちゃに混ぜられて、一個の生き物に作りなおされた瞬間を目撃したみたいだった。
「我々はアーセリアの非道を許さないッ!」
それまで沈黙を貫いていた壇上の男が急に怒声を上げた。
それが火種になって、聴衆のあちこちから「そうだ!」、「許すな!」と声が上がった。その火は瞬く間に広がって、一瞬でその場にいた人たちを全員飲み込んで燃え上がった。
どう見たって普通じゃなかった。
誰も彼も、怒りをあらわにして声を張り上げてる。
ワタシの目には、そこにいた全員から顔が剥ぎ取られたみたいに映った。
「そうだよね。許せないよね」
普通なら聞こえない、小さすぎる声をなんで拾えたのかは分からない。
でも、確かにそのリィルさんの呟きをワタシは聞いた。
聴衆の異常な熱気に晒されてるリィルさんは、まるで目の前にあるものが見えていないみたいに無表情だった。
その顔を見た瞬間、パズルのピースがはまるみたいに唐突に理解できた。
――あそこにリィルさんはいないんだ。
自分でもどういう意味か首を捻りそうになるけど、そうとしか思えなかった。
意識も意思もあるかもしれない、でもそれはリィルさんのじゃない。
それがフッと理解できた。
――助けなきゃ。
なんでそうなったのか、自分でも分からない。別に『ヒモ』の持ち手が彼女である必要なんてない。ここで出ていったって余計なリスクを
でも、そうしなきゃいけない気がした。
無意識の内に、大通りに向かって飛びだそうと全身に力を込めた瞬間、
「待ちなさい」
背後からかけられた声に、引っかかったみたいに急停止させられた。
驚いて悲鳴を上げながら振り返ろうとして、背後から伸びてきた顔の半分を覆うような大きい手に口を塞がれ、引き倒されてしまった。
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