24 不穏な集会


 晴れ晴れとした空には似合わない怒号だった。

 騒がしいっていうよりは喧しい……人が大勢集まって好き勝手に喋っている気配がする。


 まだ表通りに出ていないのに、裏路地の中にまで聞こえてくる声に緊張が走った。

 なんだか異様な雰囲気……街の方からこの前は感じなかった刺々しさを感じる。


 ――このまま飛びだしたら良くないことが起きる。


 そう直感してブレーキをかけた。

 路地の口の近くで身を潜めて耳を澄ます。

 やっぱり街の方からは雑多で、落ち着きのない声が聞こえてきた。


 いや、この街は多種多様な種族が入り乱れてるから、それ事態は別に普通だ。

 じゃあ、なんでこんなにも刺々しく感じるんだろう?


 ちょっと首を捻って、もう一回その音に耳を傾けてみて違和感の正体に気づいた。


 ――子供の声が……ない?


 今がどれくらいの時間か正確には分からないけど、全く子供らしい声がしないのはどう考えてもおかしい。

 前のときはそこかしこから、子供特有の駆け回るような快活な声が聞こえていた。


 言いようのない不安が足元から這い上がってくる気がした。


 たった一週間で街に何か良くないことが起こってる。

 そう確信して、ぶるっと体を震わした。


 通りには出ない方がいい。その直感を信じて、路地の入口に隠れながら少しだけ身を乗りだし、表通りを覗いてみた。


 裏路地を抜けた先は噴水大広場のほど近くだった。


(えっと……どういうこと?)


 広場にはこの前まではなかった、木組みの壇が設置されてた。


 見るからに急造されたって分かる作り。

 その上で中年の男性が大げさな身振り手振りで演説をかますたびに、ギシギシと嫌な音で軋んでるのがここまで聞こえてきそうだった。


 また聴衆を煽るみたいに、男性が声を張り上げる。拡声器を使ってる訳でもないのに、その声は広場の隅々まで響くように通りが良かった。


「アーセリアは我々に嘘を吐いていた! この街がまるで、争いごと一つない平和そのものであるかのように! しかし、それは違ったのだ!」


 その壇をたくさんの人が囲っている。集まった人たちは男性の言葉を吟味するみたいにジッと耳を傾けてた。


 ある人は不安そうに、ある人は緊張に顔を強張らせて。


 ただ、みんながみんな、爆発しそうになる感情を抑えつけてるみたいに体を固くしていた。


 明らかにおかしい。アーセリアっていうのが何かは分からないけど、聞いた感じこの街の行政なりなんなりを仕切ってる人だか組織だろう。

 その人だか組織だかが不正なことをしていて、それを批判するだけなら別に不思議でもない。


 でも……これじゃあまるで、


 ――してるみたいだ。


 酷いだろう? 怒りが湧いてくるだろう?

 そう、男性の感情を周りに共有させようとしているみたいな語り口。


 なんだか良くないものを見てしまったみたいに、背筋がぞわぞわして尻尾が張り詰めた。


 これは……うん、関わらんとこ。


 宗教勧誘の現場を目撃しちゃったみたいな感じだな。

 触らぬ神に祟りなし……すげぇ刺さる言葉だ。ふふっ、心がいてぇや……。


 まさかのブーメランに、胸を押さえながら来た道を戻ろうとして、


「これより! この街の真実をマグリィル様のお言葉で知らしめていただくッ!」


 また足が止まった。


 バッと音が出る勢いで振り返った。飛びだそうとした体を押し止めて、上半身をいっぱいに伸ばして穴を開けるみたいに壇上を見つめた。


 男が脇に退くのに合わせて、見知った顔が進みでてきた。

 それまで演説に耳を傾けながらも落ち着いていた聴衆が、にわかに色めき立って喧騒が一層強まった。


「みんな……五分でいい。私に耳を貸してほしい」


 声にまるで抑揚がない。

 あれだけ頭がはっちゃけちゃった人と同一人物とは思えなかった。


 生気が抜け落ちたみたいに暗く影に塗れた顔色を、目の下の濃いクマがより悲惨にしてる。

 あれだけギラついてた目も、まるでハイライトが消えたみたいに虚ろに見えた。


 リィルさんは注目が自分に集まってるのを確認するみたいに、一度ぐるっと聴衆を見回してから徐に口を開いた。


「アーセリアは子供を生贄にしてる」


 とても短い言葉だった。

 そこに集まっていた誰もが、何を言っているのか理解できていないみたいに沈黙が流れた。


 その沈黙を肯定と捉えたのか、リィルさんはそのまま続けた。


「信じられないのも分かる、私も初めは信じられなかった。でも、ここにいるバハートからだされた証拠を見て……信じざるを得なかった」

「い、いや。待ってくれリィルちゃん! 君のことを疑う訳じゃないが、そこにいるのはこの街の住人でもない。それに、その……彼は徒人族ヒュームだ」


 聴衆の一人が思わずと言った感じで口を挟んだ。視線が一斉に馬人族ケンタウロスの彼に集まっていく。

 彼はその圧に耐えるみたいにゴクッと唾を飲み込み、リィルさんの真意を探ろうとしているみたいにジッと見つめた。


 リィルさんもそれに応じるようにまっすぐ見つめ返して、確かめるようにゆっくりと語る。


「徒人だと信じられない?」

「いや、もちろん皆が皆とは言わない。かく言う俺も、薄いとはいえ徒人の血が入ってる。でも、それとこれとは別だ。……。偏見かもしれないが、そう言われるだけの事情があるのもまぎれもない事実だ」

「その通り。徒人の言操げんそう魔法は容易く我々を欺く」


 疑惑が広がっていくみたいに、ザワザワと喧騒が再燃し始める。


 でも、疑いを向けられている当の本人は全く意に介していないように、薄い笑みを浮かべて沈黙を保っていた。


「みんなの疑念ももっともだと思う」


 それを遮るようにリィルさんが声を上げた。


「私も彼の言葉だけで、今オールグで起きてる児童誘拐のすべてがアーセリアの仕業だって信じたわけじゃない」

「なら、どうして……アーセリア様は、この街になくてならない存在だ。君も森人族エルフの血を引くなら、あっ、いや……そうだったね。君は……すまない、失言だった」

「ううん、いいよ。私が私怨でアーセリアを糾弾してると思われても仕方ないし、その理由も確かにある。でも、そんなことでアーセリアを……この街の根幹を排除しようなんて言わない」


 リィルさんがスッと息を吸い込み、その場にいる全員に響くよう声を張った。


「『揺り籠』。アーセム孤児院の子供たちから、十五年おきに行方不明者が出てる」




      ☆      ☆      ☆




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