20 路地裏、異世界初バトル!


 間抜けな声が漏れた。


 一瞬、それが自分の吐き出した音だってことが分からなかった。


 いやいや、どういうことよ?


 驚きすぎて顔を行ったり来たりさせながら二人の顔を覗いてしまった。

 どう見ても似ても似つかない、どころか完全に種族が違うんだけど……どうなってやがる!?


「そう。それでも向かってくるって言うんだ?」


 混乱の極みに頭が『?』で埋め尽くされて目をぐるぐるさせてるワタシを気にも留めず、ゼタさんは不敵に笑っただけで問いには答えなかった。


「……全部で十ある空師の階級の中で、必須の能力が求められるのは三級から」


 そんなゼタさんを見据えて、リィルさんは徐に口を開いた。


「三級空師に必要なのは、どんな状況に陥ったとしても必ず生きて帰ってくる『生還力』。二級空師に必要なのは、登れば登るほど苛烈に、劇的に変化する環境に瞬時に対応する『適応力』。

 そして、一級空師に必要なのは、常人では立ち入ることすらできない自然の猛威とそこに生息する生物、ほとんどの場合が前人未到の難所で、どんなものであろうと打破する『戦闘力』」


 淡々とした、抑揚と感情が完全に排除されたようなリィルさんの声が路地裏に響く。


「私は一級になる前に引退したけど、一級それに見合うだけの実力があったから準一級の階位を持ってた。

 その私に準二級の貴女が挑む。……それがどういうことか、分かってる?」


 リィルさんが狙いを定めるように針の切っ先をゆっくりとゼタさんに向けた。

 ゼタさんの瞳に先ほどまとは比べ物にならない緊張が走ったのが分かった。


 下を向いて垂れていた耳も上向きにピンと張りつめて、ぶるりと震えた身体に合わせて武器がキチキチと擦れる音を鳴らした。


「ふ、ふふッ! 分かってますよ! でも、必ずしも階級が対人戦における絶対的な目安にはならない。そう教えてくれたのもリィルさんです!」


 ゼタさんが自分を奮い立たせるように笑みを深めた。

 山羊とは思えない犬歯を覗かせて獰猛に笑うゼタさんを、リィルさんは無表情で見下ろした。


「そう……。なら、改めて教えてあげる。一級とそれ以下の間にそびえる壁の高さを」


 半身になっている以外は極々自然体で優雅に立っているだけのように見えるリィルさん。

 それに対して、足を大きく開いて腰を深く落とし、飛びかかる寸前の肉食獣のような姿勢で構えるゼタさん。


 二人の気迫に空気まで震えている。

 そんな二人に挟まれて、未だに逃げていない自分を褒めてあげたい。


 それぐらい凄まじい威圧感だった。


 ワタシみたいな小心者がこの場にいるストレスといったら、漏らしていないのが不思議なくらいだ。

 ……いや嘘を吐いた。さっきゼタさんが針を弾いた音にビックリしてちょっと漏れてた。


「それと、一つ訂正させてもらいます」

「何かな?」


 でも、そんな些末なことだ。


 もはや二人はワタシのことなんて見てないどころか、思考の中からも消し去っているみたいだった。


 リィルが無表情で静かに睨み据えている前で、ゼタさんはグググッとさらに深く身体を沈めていき……、


「今の僕は……二級だぁッ!!!」


 裂ぱくの気合いと共に弾けるように跳びかかった。



      §      §      §



 薄暗く影ばかりが張りつく路地裏が火花によって一瞬だけ明るく弾ける。

 少しヒンヤリした壁際から眺めると光がより鮮やかに浮き上がり、眩しいくらいに輝いて見えた。


 光が明滅する度に木霊する甲高い金属音には、そこで繰り広げられる激闘とは裏腹に、澄んだ美しさすら感じられた。


「ひぃい!?」


 まあ、この胸の高鳴りは緊張からくるドキドキなんだけども。


 あちこちから飛んでくる石材の欠片やリィルさんの針が身体の近くに当たる度に、引きつった悲鳴を上げてその場から飛び退いていた。


 いや本当、誰か教えてやって。

 ファンタジー系異世界の魅力は超人的戦闘にあるんじゃあない、って。


「お゛ぉああ!」

「フッ!」


 ゼタさんの肉食獣じみた咆哮と共に繰り出されたピッケルの一撃と、リィルさんの短い呼気と共に投げられた針が衝突する。


 普通に考えればリィルさんの投げた針が叩き落されるだけだ。

 しかしゼタさんが振るうピッケルは針に打ちつけられると、まるで硬い岩盤にぶつかったように明後日方向に弾かれていた。


 さすがファンタジー。

 物理法則を真正面から叩き潰してみせてくれるなんてな……。


 しかも、リィルさんの武器は針と糸だけではなかった。

 針を投げていたから、彼女は距離をあけてやり合うのかと思っていた。

 でも、戦闘が始まってすぐに、リィルさんの本当の武器が明らかになった。


 ――拳だ。


 針との衝突やそこら中に張り巡らされた糸によってゼタさんの体勢が崩れたと見るや否や、一息で距離を詰め空気を引き千切るような拳を繰り出してみせた。


 その音は断じて拳が出していい音じゃない。

 巨大な鉄骨を振り回したみたいな猛烈な音を、女性の細腕が出すとか……実際に目の当たりにするとホラー以外の何もでもなかった。


 しかしゼタさんも負けてはいなかった。

 その獣人の身体を十二分に駆使して、スピードではリィルさんを圧倒していた。


 壁のわずかな突起やリィルさんの張った糸に蹄を引っかけ、けして広くはない路地裏を縦横無尽に跳び回り三次元的な動きでヒット&アウェイを繰り返している。


「相変らず馬鹿みたいに底なしの魔力量ですねッ!」

「そういうゼタは昔よりずっと身体の使い方が上手くなってるね」


 焦れたように叫ぶゼタさんに対し、リィルさんは世間話でもするように平坦な声音で答える。

 その間にも二人の攻防は絶え間なく続いて、互いに息を吐かせる間も与えない連撃はより苛烈さを増していった。


 ワタシは身体をなるべく小さく丸めて壁に張りつきながら震えていた。

 力の入らない身体を叱咤して、尻もちをつきながら這いずり回って二人から距離を取る。


 生々しい戦闘の目の前に晒されて、恐怖に凍りつきながら改めて確信した。

 最近流行りの異世界転生系ラノベの主人公たちは、頭が逝っちまってる戦闘中毒者バトルジャンキーだ、間違いない。


 転生特典とか、ゲーム感覚だからとか、勇者として召喚されて困っている人におだてられたからとか、そんなのが理由になるレベルじゃない。

 刃物や鈍器(拳)が、殺すためだったり傷つけるためだったりするそれらが、自分に向けられているんだぞ?

 しかも、それがすぐ目と鼻の先、肌からわずか数センチの距離を掠めていくんだ。訓練もしたことない一般人が向き合うなんて、狂ってなかったらできっこない。


 そんな危険地帯になんの迷いもなく、すぐさま戦闘に飛び込んでいくような輩は、頭の螺子が足りないどころか存在していない違いない。


 ――怖くて、恐ろしくて、呼吸さえ儘ならないとか勘弁してほしい。


 ワタシはただ見てるだけ、しかも二人の戦闘はワタシから五メートルも離れている。


 それなのに苦しい。


 本物の暴力っていうものは、それが自分に向けられた害意モノじゃなくても、見ているだけで胃を絞り上げるようなストレスを植えつけてくるんだって知った。


 しかもワタシの場合、この神様特性の身体のスペックが良すぎるのが仇になった。

 怪しく煌きながら宙を翔る針の先端、凄まじい速度で振るわれるピッケルの刃。

 その細部に至るまで明確に視認できてしまった。


 それどころか、身体のどこの部分へめがけての攻撃なのか、互いの目が物語る相手への攻撃の意志までも読み取れてしまって、他人事として見られなかった。


 何度目か分からない、岩みたいにゴツくて固くなった息をゴクリッと飲み干した。






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