11 こんなの……犬堕ちしちゃうよぉ!
「あっ」
頭から温もりが離れていくのに思わず声を出してしまった。
「ん? どうした、お嬢ちゃん」
「い、いえ。なんでもないです。ありがとうございました。大事に食べます。今度はちゃんとお金を持ってきます」
「気に入ったらまた来てくれ。サービスぐらいはしてやるからよ」
片手を上げて見送ってくれるガロンさんに、何度も振り返りながら頭を下げた。
べ、別に名残惜しいとか、そんなこと考えてないんだからッ! ……ただ、群れのリーダーに相応しい雄だったなって思っただけで……か、勘違いしないでよねッ!
くそぉ、頭が熱に浮かされたみたいだ。ふわふわした気持ちが抜けないし、これからワタシはいったいどうなってしまうんだ……。
「この口の中でふわふわ広がって、しょわしょわ~って溶けてく食感がいいんだよねー。ねっ、美味しいでしょ。……あれ? お~い、イディちゃ~ん」
そもそも、ガロンさんもちょっと無遠慮というか、デリカシーってやつが足りないんじゃないですかね。
いくら幼女とはいっても女性の頭を軽々しくなでるなんて……女なのは
「おーい。お返事してくれないと私寂しいな~。イディちゃ~ん。……答えてくれないと今から五つ数えた後に悪戯しちゃいま~す。ごー、よーん」
って、違う違う! そうじゃなくて……あ゛ぁああモヤモヤするぅ!!
「さーん、にー、いーち、ぜろぉ!」
「ほおふッ!?」
糸玉を見つめながら思考がぐるぐるかき混ぜていたら、リィルさんが突然両耳を摘まんできた。頭をなでられるのと違って、電気マッサージみたいにピリピリした感覚に全身がビンッと突っ張って固まった。
「ちょっ、リィルさん。ぁっ、耳はやめあぁあ!」
「んー、耳は駄目なの? じゃあ、お腹をなでなで~」
「ああぁ、そっちはもっと駄目ぇッ! やめ、やめっ。そんな、耳とお腹を同時にされたら、ワタシ……ワタシぃ!」
なんて指使いだ。心得てやがる!
耳の先をくにくに弄られていたかと思ったら、つけ根をカリカリ引っ掻かれ、同時にへその下から鳩尾までを流れるような手捌きでなで上げられる。
リィルさんの細い指と柔らかい手が、絶妙な力加減と繊細なタッチで身体の上を滑る。その度に全身から力が抜けて思考がぼやけてく。
熱っぽい吐息を耳に吹きかけられるとぞわぞわした感覚が身体中を走って、腰からくだけてリィルさんに寄りかかってしまった。
「だめぇ。おねがいだからぁ、やめてぇ……」
さっきガロンさんに頭をなでられたときも思ったけど、獣人がそうなのか、それともこの身体の特性なのか……。頭とか腹をなでられると凄い幸福感に襲われて、まともに考えがまとまらなくなってしまう。
体の芯まで蕩けたワタシをリィルさんが熱っぽい目で見下ろしてきた。
「んふ~。そんな潤んだ目で言われたら余計になで回したくなっちゃうよ。んふっ、んふふっ。耳が好き? それともお腹?」
「ど、どっちも、だぁぇ」
「どっちもだなんて、イディちゃんは欲張りさんだねー。いいよ、いっぱいなでなでしてあげる。だから……気持ち良くなっちゃって、いいんだよ?」
「ああぁあぁあ~~」
――堕ちるぅ! 犬堕ちしてしまうぅ!
野生だったことなんて一度もないけど、今確実にワタシの中から野生が失われつつある。
この幸福感は危険だ。これに溺れてしまったら、きっとリィルさんにお腹を見せるのが好きになってしまう!
そして最後には、無駄にゴテゴテ装飾がついた服を着せられて、散歩という名の乳母車の運送をされるようになってしまうんだ……。
(止めてッ! ワタシにペッティングする気でしょう? いぬのきもちみたいに!)
……緊急時ほど思考が明後日の方向にぶっ飛ぶのはどういうことなんだろう?
でも、もう手遅れだ……。
すでにリィルさんのしなやか指は急所を的確に捉え、流れるような手捌きで身体の上を踊ってる。さながらワタシという楽器を奏でる熟練の
ワタシの体はそのテクニックに完全に屈し、尻尾をブンブン千切れそうなくらい振りながらトロトロに蕩け切った顔でリィルさんに縋っていた。
てろんっと舌が垂れる。
閉じなくなった口からハッハッと熱い息が切れ切れに漏れる。
それを止めることができなくて、潤んだ瞳でリィルさんを見上げるしかなかった。
文字通り手のひらで踊らされ鳴かされてるワタシを、鼻息を荒くしたリィルさんは見下ろしながら目を怪しく光らせる。
鋭く弧を描く瞳は、獲物を捕らえた肉食獣のそれだった。
「んふ、んふふっ。そんなもの欲しそうな目で見てくるなんて……やっぱりイディちゃんは欲張りさんだね。じゃあ、もっと幸せにしてあげる」
「ハッハッハッ。わぅ、わぅ」
「んふ~! 可愛いぃ! それじゃあ……はい。どーぞ」
「ぅんぐ!?」
だらしなく開いた口にリィルさんの指が唐突に突き込まれた。
目を白黒させていると、突然口いっぱいに甘味と仄かな酸味が広がって、いろんな果実の香りが鼻を抜けていった。じゅわっと唾液が溢れてくる。
「ん~~ッ!」
いつの間にかリィルさんの手に渡っていた糸玉を口の中に押し込まれて、舌の上から溢れてきた幸せにぴょんぴょん跳ねた。
「どう、幸せの味でしょ?」
リィルさんが引き抜いた指をぺろりと舐めながら悪戯っぽく微笑む。それに目を輝かせながらコクコクと頭を振って答えて、夢中で舌を動かした。
なんだこれ、どういうことッ!?
元の世界でもそれなりに甘味は好きだったし、なんなら週末の自分へのご褒美は大抵甘いものだった。
ケーキだったり和菓子だったり、その日の気分で品を変え、夕飯の残り香が漂う仄暗いアパートの一室で、静かに、一人で、満たされていたものだ。
でも……こんなのは初めてッ!
口の中が甘みで満たされてる、たったそれだけなのに頬が緩んで仕方ない。
これが俗に言われる女性は甘いものに目がない
なんにしても糸玉がめちゃくちゃ美味しい!
さっきまでのやり取りなんて遥か昔のことみたいに忘れて、夢中になって糸玉をコロコロと舌で転がした。
「気に入ってくれたみたいで良かった。あっ、でもあんまりコロコロって転がすより、舌の上に乗せて置いたり、ほっぺの内側に入れておく方が美味しく食べれるよ」
リィルさんに言われたように、糸玉を片方の頬の内側に押し込んでみた。
すると口の中で唾液に濡れた表面の糸が解けて、それがもこもこと膨らんだ。そうかと思ったら、次の瞬間にはフォームドミルクみたいな口溶けで消えていく。
なるほど、このもこもこを消さないために転がさない方がいいんだな。
なんていうか、ベタつかない口溶け最高の綿飴を口いっぱいに頬張ってるみたいだ。
「不思議な食感、それにいろんな果物の香りがする」
「野生の蜜壺蜘蛛は完熟したアーセムの実だけを食べるんだけど、完熟してるならどの種類でも食べるから複雑な香りが楽しめるんだ。
逆に養殖は一種類の実だけ食べさせて香りを強調してるのが多いかな。あと、お茶とかお酒に溶かしながらいただいたりもするね」
「へぇ、おもしろいなぁ。あっ、いえ、ですね」
「んん~もぅ! 言い直さなくていいのに。さっきの口調の方が可愛くって良かったよ? あんまり固いまんまだと、なんだか余所よそしくて寂しいなぁ」
ううぅ、そんな悲しげな目で覗き込んでこないでください。
ワタシは敬語を崩すのが苦手なんだ。
まぁ一回意識して崩しちゃえばすぐに慣れるんだけど、その一回目の難易度がとてつもなく高いんだよなぁ……。
簡単な幼女だと思った? 残念、中身アラサー喪男おっさんのTS幼女でした!
……ごめんて。
「今後の課題ということで善処させていただきます」
いた堪れなくになって、思わず社会人の常套句みたいなのが口をついて出てた。
それを聞いた途端、さっきまで目を潤ませていたはずのリィルさんがにぃまと柔らかく口角を持ち上げた。
これは……上手いこと遊ばれたみたいだな。
……まぁあ、ねっ? これくらい別になんとも思いませんけど? 全然悔しいなんて思ってないしッ! 頬が膨れてるのは糸玉のせいだしッ!
まったく何がおもしろいのか……おい、喉をクスクス鳴らすんじゃない、笑みを深めるな!
眉間にしわを寄せてジトッと視線を送っても、リィルさんはどこ吹く風って感じだった。
☆ ☆ ☆
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イラストなんかも載せてますので、
お暇な時にでも覗きに来ていただけたら幸いです。
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