12 巨樹と根元の街、そこに住む人々


※ 注意 ※


虫に関する描写があります。

あらかじめご承知のうえ、お読みください。



      §      §      §



「んふふ、楽しみにしておくね。あっ、それと糸玉の話に戻るんだけど、おもしろさでいったら天然も負けてないんだよ」

「ふーん。どんなおもしろさがあるんですか?」

「それはね~、あっ。んー、でもなぁ。もしかすると、もしかするかもしれないしなぁ……。んん~……やっぱりまだ秘密」


「えぇ~、秘密って言われると余計に気になるんですけど」

「んっふっふ。じゃあ糸玉を全部食べ終わったら教えてあげる。ということで、糸玉の話は一旦おしまい。さ、着いたよ。ここが街の中心、大噴水大広場! ここから見上げるアーセムが一番雄大だって言われてるんだ」


 リィルさんに促されるまま視線を上に向ける。


 整然とした木造りの街並みに囲まれる中、白い石造りの美しい噴水を背景に、視界に収まりきらない巨樹がそびえ立っていた。


 ――これは、まさに圧巻の一言に尽きる。


 どれだけ離れて見ても、地上から頂上を目にすることができないんだろうなって分からせられる、圧倒的な巨大さ。

 普段なら高いなぁと思って見上げる雲も、幹とか枝に絡みついているのを見ると、この巨樹と比べたらザコだなって思う。


 そんな人の手なんて及びそうにない、人知を超えた大自然そのものの巨樹。でもそんな存在にさえ、幹とか枝に張りつくようにいろんな形の建物とかが作られている。


 どこの世界も人間どものバイタリティってスゲェなって感心せざるを得ない。

 建物以外にも地上とか建物同士を繋ぐ梯子や階段、昇降機とかまで整備されてる。地上のとは別の街がもう一つあるみたいだ。


「……ん?」


 そのまま視線を下に向けてくと、半分くらい巨樹に飲み込まれてる石造りの建物があった。

 大広間場からその建物に向かって大きな通りがまっすぐ伸びている。

 外壁に苔がむしたり蔦が這ってる、もしかして凄く重要な建造物だったりするのかな?


「リィルさん、あの樹の根っ子に飲み込まれてる建物はなんですか?」

「へぇ、イディちゃんここから協会がそんなにはっきり見えるんだ。すごい目がいいんだね」

「へ? ……あっ」


 言われて初めて気がついた。


 この大広場から巨樹までどれくらいの距離があるのか、正確なところは分からないけど最低でも数キロはある。

 そんな遠くのことを詳細に見分ける視力とか普通じゃない。

 もちろん元の『俺』にそんな特殊な能力なんてないから、この体の性能に違いない。


 というより街の外から見たときに普通は気づけよ、ワタシ。

 望遠鏡も使わずに遥かに遠くから街中の様子を確認できるなんて、ちょっと考えれば常人には不可能だって分かるだろ。


 くそぉ。なんだか、こちらに来てから注意力がとんでもなく散漫な気がする。

 そもそも『俺』はこんなに子供っぽかったか? いや確かに元々抜けてるところもあったし、舞い上がりやすくもあったけど……ここまではなかったと思う。


 これもやはり、この体になったせいに違いない……ショタ神許すまじッ!

 いつかあの神様にランドセルを背負わせてやる。


「えっとね、イディちゃんが見てるのはアーセム協会の本部だね。主にアーセムの研究、調査、管理を担ってるところ。あと、空師ギルドの本部もあそこに入ってるよ」

「『そらし』、ですか?」


 心の中を暗く燃えたぎる復讐の炎で満たそうとして、リィルさんの明るい声に思考も炎も打ち消された。


「うん。空師っていうのはね、主にアーセムで枝の剪定とか、果実の採取とか、まぁいろんな職業があるんだけど……とにかくアーセムに登って仕事をしている人たちの総称だね。

 今は二〇〇万人くらいがギルドに登録してたかな? アーセムに登るにはあそこでギルドに登録しなくちゃいけないんだけど、登録だけなら結構簡単にできるんだ。

 まぁ、この街でアーセムと関りを持ってない人なんていないから、ほとんどの人はギルド員なんだけど……木材も食べ物もアーセムからの恵みが多いし」

「へー。あの樹はシンボルってだけじゃなくて、この街の人の生活にとってもかけがえのないなんですね」

「うん。だから空師っていのうは子供たちにとって憧れの職業だし、この街になくちゃならないものなんだよ」


 リィルさんの誇らしげな声に頷きながら、もう一度見上げてみる。


 今の話を聞いてから見ると、幹に張りつく建物が様々な人たちの手によって積み上げられてきた歴史そのものなんだって感じられた。

 ここの住人たちは巨樹と共に長い時間をかけて、この街を作り上げてきたのが手に取るように分かった。


『アーセム』は街と共にあり、街は『アーセム』と共にあるんだ。


 これを見るだけで、この街を訪れる価値がある。

 そう確信させられる光景だった。


「あ、そういえば。先ほどから話にでてる『アーセム』っていうのは巨樹の名前ですよね?」

「そっ。世界に六つある宝樹の内の一つ、巨樹『アーセム』。

 直径の長さが三〇〇〇〇メートル以上あって、高さは正確には全然分かってないんだけど、五〇〇〇〇メートルはあるんじゃないかって話。しかもまだ成長中。

 天辺まで行って帰ってきた人はいないんだけどね」


 アーセムを呆けて見上げたまま、リィルさんと言葉を交わす。その言葉通りなら、この巨体は地球でいうところの対流圏を軽々超えて、成層圏にまで達していることになる。


 あまりのスケールの大きさに想像すら覚束おぼつかなかった。


「因みにこの街の名前の『オールグ』っていうのは、古い言葉で『根っこに囲まれた道』を意味するんだって。開拓が進んでいなかった頃は、アーセムの根っこが地面から縦横無尽に飛びだしていて、迷宮みたいになっていたのを埋めたり剪定したりして、今の街並みが徐々に形作られていったんだよ。それからね……」


 それを聞くと今の整備された街もいいけど、未開拓時の姿も見てみたっかたなぁ。


 口の中に糸玉が入っていることも忘れて、リィルさんのガイドに耳を傾けながら、ぽけ~っと間抜けに口を開けままでいた。


 すると、もぞもぞと何かが舌をくすぐった。


「んう? なんらぁ?」


 糸が溶け残ったかな? そんなことを考えながら、そのままにしておくのもなんだか気持ち悪くて、口の中に手を入れて引っ張りだしてみた。


「…………をぅ?」


 ズルッと口の中から出てきたそれは、目の覚めるような鮮やかさのサファイアブルーだった。

 ところどころ明るいグリーンのラインが入っていて、全長は五センチほど。

 体は覆う柔らかそうな毛をワタシの唾液でテカらせながら、元気に手足をワチャワチャさせてる。


 ――これは……どういうこと?


 いったい何が起こったのか、訳が分からない。


 まともに考えることもできずにいると、口から取り出したまま目の前に持ってきていたそいつとバチクソに目が合った。


 ―――。


 もう、どうあっても認めざるを得ない。だけど、精神が目の前の現実を必死に受け入れまいと拒絶してる。

 思考が真っ白に染まって、考えることを放棄することでなんとか平静を保とうとしているのを他人事みたいに感じていたのに、


 ――ギチィ?


 あっ、これ無理だ。


 そうだった。現実リアルさんって、目を背けると余計に迫ってくるんだった……。




      ☆      ☆      ☆




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